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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第十一章 上梁さんのご馳走
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第七十話 キス


 今の異常に興奮している上梁さんを落ち着かせるには、会話をして説得するしかないようだ。

ボクは必死の思いで上梁さんに語りかけた。



「上梁さん……今なら全てを無かったことにしますから……だから、もうこんなことはやめてください」


「…………嫌よ……だってそうしたら……!

忍くんが私から離れて戻ってこないじゃない!

もうここまでしたんだもの……最後までやり通すしかないわ……」



 ううう……と泣きじゃくる声が聞こえてくる。


 ……上梁さんはやはり、どこか精神的におかしくなってしまっているようだ。

もしかしたらボクが突然一週間も連絡を絶ったことが尾を引いているのかもしれない。


 けれど、このまま上梁さんの異常な行動に付き合い続けるのはまずい。上梁さんは優しいから、ボクが本気で嫌がる姿を見たら自分を過剰に責め立ててしまいかねない。



「上梁さん……その、大丈夫ですよ。

ボクはもう二度と貴女をほっときませんから」


「嘘よ……貴方をこんなふうに縛ってるのよ?

そんな女……嫌われて当然だわ……」


「どうすれば……信用してくれますか?」


「どうすれば……って……」



 しばらく彼女が考え込む。

すると、堰を切ったかのようにボクに訴えかけてきた。



「私のこと……こんな異常な私の本音を知っても、

忍くんは私を好きでいてくれる?……愛してくれる?


……無理よね……わかってるわ。これからも私と付き合ってる限りは、衝動的にこんなことするかもしれないのよ?

そんな危険で……気持ちの悪い女、自分でも嫌になるの……でも、止められないの」



 上梁さんと付き合うというのは、つまりはこういった異常性も含めて受け入れるということだ。

彼女の異常な性癖をそのまま受け入れて、衝動的に噛まれたり舐められてもそれも彼女と認めることだ。

身体を舐られ、吐瀉物を口に含み、噛み跡をつけられて、血を吸われても……。


 それでも、ボクは彼女のことを嫌いになれなかった。むしろ……そんなおかしな彼女のことを、

生きるのが不器用な彼女のことを、愛おしく思う。



 だから当然のように、ボクは自分の気持ちを声に出す。



「上梁さん。ボクを馬鹿にしないでください。

たとえ貴女に身体を食いちぎられても、この身の全てが貴女に食べられても、ボクは貴女を愛します」



 その言葉を聞いて……上梁さんが嘘のように静かになってしまう。数十秒の後に、上梁さんは重い口を開いた。



「ごめんなさい……ごめんなさい。

私……興奮しすぎてたわ……少し……待っててね。

お薬を……飲んでくるから。

その後で……また、お話してくれるかしら……」


「は……はい。とりあえずは……気分を落ち着けましょう」



 ととと、という足音がして気配が遠ざかっていく。

お薬……ということは、上梁さんは何かしらの精神疾患を抱えているのだろうか?

そう考えると、この突飛な行動もその影響か?

とすれば、落ち着いて現状を見直せば彼女の方から拘束を解いてくれるかもしれない。



 しばらくすると、またひたひたと足音がした。

どうやら上梁さんが戻ってきたらしい。



「……忍くん……目隠し、取るわね……。

眩しいから……少し気をつけて……」


「は、はい。わかりました」



 すると、すっと視界が眩しく開ける。

目を開けると……。そこには目を赤く充血させ、髪をクシャクシャに掻き乱して汚れた上梁さんがいた。



「私が間違ってたわ……。許して、なんて言わないから……せめて、存分に罵ってほしい」


「上梁さん……」



 ……どうやら、普段の上梁さんに戻ったみたいだ。

さっきまでの異様な興奮ぶりが嘘のように、今は意気消沈としている。



「……上梁さん。手錠も外してもらっていいですか?」


「……ええ、もちろんよ」



 後ろ手に繋がれた手錠が外される。

久しぶりの解放感と同時に、少し跡がついた手首が痛んだ。


 そして、そのまま上梁さんにその両手を向ける。


 上梁さんは……少し、ビクッとした後に、ぎゅうっと目を瞑ってガタガタと震えている。何か暴力を振るわれると思ったのかもしれない。


 そんな彼女を、ボクは抱きしめた。



「え……?し、忍くん?」



 上梁さんが戸惑ったような声を出す。

ボクはさらに力いっぱい彼女を抱きしめて、その胸に顔を埋めた。



「良かったです……上梁さんが、正気に戻ってくれて。ボク……ちょっと怖かったです」


「忍くん……? わ、私のこと、許してくれるの?

こんな私のことを、気持ち悪いと思わないの?」



 正直に言ってしまえば……ボクは別に怒ってはいない。

もちろん、普段は物静かな彼女がこんなことをしでかしたのはとても驚いたし、そのまま食べられでもしたらどうしようかと恐怖は抱いたけれど。


 今こうしてボクを自分から解放するほどに、彼女は優しい人で、好きなあまりに食べてしまいたいほど、ボクを愛してくれているのだから。



「ボクは……上梁さんのことが好きなんです。

大好きな人を責め立てるなんてこと、ボクにはできません」


「忍くん……うん……うん、私も貴方が好きよ。

食べてしまいたいぐらいに」



 二人で固く抱きしめあって、そのままキスを交わした。


 今度のキスは、ボクにも幸せな味が感じられた。


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