第六十七話 幸せの味
その後は、ゆっくりと自分の生い立ちについて語った。父親から受けた悪戯のこと、母親からの虐待のこと。学校でのいじめのこと。
自分の中で燻っていた弱みを全部、洗い流すように上梁さんに聞いてもらった。彼女はただ静かに、それを受け止めてくれた。
「保食くんは……こんなに小さな身体で……。
そんな大変な人生を耐えてきたのね……」
そういって再びぎゅっと抱きしめてくれる上梁さんの優しさに、ボクはどんどんと溺れてしまうような、でも心地の良い幸せな気分になった。
「私には……ずっと、ずっと何もなかったわ」
「何もなかった……?」
「ええ……私にはきちんとした親がいるけれど、ずっと外に出ていて、帰ってこないだけなの」
そういって俯く上梁さん。
つまりは……彼女はずっとこの広い家で一人で過ごしてきたということなのだろうか?
見たところ姉妹もいないようだし、娘の容態がおかしくなっても気づかないほどに、彼女の両親は彼女のことを放っておいているのではないだろうか?
それは一体、いつからの話なのだろうか?
「上梁さん……ボク、これからは定期的に上梁さんの家にお邪魔してもいいですか?」
「!……本当に?……来てくれるなら……嬉しいわ」
上梁さんが花を咲かせたように笑顔をほころばせる。
きっと、この人は寂しいと言えないぐらいの孤独の中で過ごしてきたのだろう。
ボクは近くにいながら、何も気づけなかった。
「……でも……今日は私よりも、保食くんのことを甘やかしたいの……」
抱きしめた腕の力を解いて、上梁さんがぽんぽんと膝を叩く。その意図を察して、ボクはその膝に頭をおそるおそる乗せた。
すると……上梁さんが、ボクの髪を優しく撫でてくれる。慈しみように、愛おしむように優しく。
「……ボク、膝枕なんていつ以来だかわかりません」
「そうね……私も初めてするわ……。固くないかしら?」
「その……柔らかくて……上梁さんの優しさが伝わってきます」
ボクにも、母親がいた時はこうして膝枕をねだったことがあったのだろうか?
でも、昔の事過ぎて思い出せない。
上を見上げると、にっこりと微笑む上梁さんが見えた。
ああ……この人は母親のように優しい人なんだな……と思い、全身の力が抜けていく。
「保食くん……眠たいの?」
「はい……その……お腹いっぱいで……上梁さんの良い匂いがして……もう……目を……開けて……」
すると……何故だか、急に眠気が襲ってくる。
ああ……泣き疲れたのかなぁなんて思いながら……そのまま意識を手放した。
「おやすみなさい……保食くん」
「そして……本当に……ごめんなさい」