第六十五話 味噌粥
いつかの日のように、倒れた上梁さんを見て、今度は比較にならないほどに頭の中が真っ白になる。
おそらく玄関の鍵を開けたところで力尽きたのだと思うがどこか頭を打っていないか心配だ。
「上梁さん! 大丈夫ですか?!」
返事はない、近くによって確認すると息はしているので、意識はあるようだ。
しかしその頬は明らかにこけていて、どうやらこの一週間あまり食事をしていないというのは確かなようだ。
(とりあえず今は安静にしないと……!)
上梁さんをお姫さま抱っこで抱えて、家の中へと入っていく。家は広かったが人気はなく、夏なのに嫌になるほど冷たく感じられた。
リビングの大きなソファに上梁さんをそっと下ろす。
上梁さん自身がそこまで重くないのもあるが、
この時は必死で重さなんて感じなかった。
(救急車を……呼んだ方がいいだろうか?)
逡巡して、上梁さんの容態を確かめようとする。
すると、上梁さんがゆっくりと目を開け始めているのが見えた。
「……保食……くん……?」
「上梁さん……? 良かった……意識を取り戻したんですね……!」
「そ……うね……少し……喉が渇いたわ……。
水を……飲ませてちょうだい……」
「はい! 今すぐに」
急いでキッチンに向かい、食器棚からコップを出して水を注いで持っていく。台所の流し台には数枚の皿が置いてあるだけで、全く生活感が感じられなかった。
上梁さんの身体を起こして、ゆっくりとその水を口に注いでいく。上梁さんはこくこくとゆっくりと飲んだ後、改めてこちらを見上げた。
「保食くん……来てくれてありがとう……」
「ごめんなさい上梁さん……ボクがもっと早く連絡していれば……」
「いいの……いいのよ……ここに来てくれただけで、私は嬉しいから……」
上梁さんは穏やかな顔になったと同時に、ぐぅぅというお腹の音が鳴った。彼女は顔を赤らめて恥ずかしがっていたが、ここ数日あまり食べていないなら仕方がないだろう。
「上梁さん。少しだけ待っててくださいね。
すぐにお料理を作りますから」
「……その、恥ずかしいのだけれども……お願いするわ」
早速、上梁さんの家のキッチンを借りて食事を作ることにする。メニューは味噌粥でこれはただお味噌を溶いて、レンジでチンしたご飯を入れて、ネギと少し生姜やニンニクで味付けするだけの簡単なお粥だ。
簡単にできて栄養が摂れるし消化にいいので、今の上梁さんにはピッタリだろう。
数分で急いで作り、上梁さんの元へと戻る。
「上梁さん。簡単なお粥ですけど作ってみました。
食べられそうですか?」
「……その、できれば食べさせてほしいわ」
「わかりました。口を開けてください」
スプーンでお粥を掬って上梁さんの小さな口へと運ぶ。
彼女はそれをパクリと食べた後、いつかのように涙を流した。
「……美味しい。美味しいわ……やっぱり保食くんのお料理は本当に美味しい……」
「そんなに喜んでくれるなら、これから上梁さんの食べるものは全部ボクが作りますよ」
「それは……最高ね……夢みたいだわ……」
力無く笑う上梁さんに、何度も何度もスプーンを運んで最後のひと匙まで味わってもらう。
ああ……やっぱりボクはこの人の側にいるだけで。
とても幸せな気分になれるなぁと実感する。
全てを食べ終わった後、上梁さんは静かに目を閉じて、ご馳走様。と言って眠ってしまった。
おそらくはこの一週間、食うや食わずで睡眠もろくにとっていなかった反動が、今になってきたのだろう。
この人はボクがいないと壊れてしまう。
そんな危うさを抱えた彼女のことを、とても愛おしく思った。