第六十四話 白湯
榊原の事件から、ボクは1週間ほど自分の部屋に引きこもっていた。
聞いた話によると、もうすでに榊原は捕まっていて少年院へと送られる予定らしい。
けれど、ボクは未だに外に出るのが怖くて仕方がなかった。
学校は夏休みだから大丈夫だったけど、アルバイトはずっと休んでしまっていた。店長さんに助けてもらったのに、ボクはまだいじけて迷惑をかけてしまっている。
携帯には、何度か上梁さんからのメッセージが来ていた。
『ごめんなさい、私が何かしたのかしら?』
『保食くんとお話がしたいの、返事をして』
『一言でもいいの、電話に出て』
心配してくれる彼女の声が聞きたかった。
でも、ボクはその勇気がなかなか出なかった。
ボクのような弱いみじめな男が、彼女にふさわしいはずがないと思って尻込みしていた。
結局のところ、ボクが彼女に心配ばかりかける弱い心の持ち主だっただけなのだけれども。
けれど、ずっとそうしているわけにもいかない。
上梁さんはボクのことを心から心配してくれているのだろう。メッセージや電話でも、必死にボクのこと案じてくれている。そんな彼女の想いに背を向け続けることは、それこそボク自身の弱さを認めることだ。
そう考えを改めるまで、一週間もかかってしまったけど。
意を決して、彼女へと電話をかけた。
「もしもし……上梁さん、今いいですか?」
『……保食くん?……良かった……心配……したんだから』
「本当に、心配おかけしてごめんなさい。
色々あって……連絡できなかったんです」
『いいの……いいのよ。貴方が無事なら。
どうにか……私も今、生きてるから』
……?どういうことだろうか?
ボクが女々しく落ち込んでいる間に、何か彼女の方でも問題が起こっていたのだろうか?
「ど、どうかしたんですか?上梁さん?」
『ふふ……ちょっと……食事が喉を通らなくてね……』
「そんな……!け、今朝は何を食べましたか?!」
『……白湯を少し。けれど良かったわ……また、
保食くんとお話ができて……ちょっと眠いから、悪いけれど眠るわね……最近眠れてなかったの……』
「上梁さん?!……待っててください!
今からそっちに看病に行きますから!」
まずいことになっている。上梁さんは心配するあまり、ボク以上に衰弱しているのかもしれない。
電話口での意識も朦朧としているみたいだし、早く何か栄養になるものを食べてもらわないと、倒れてしまうかもしれない。
『……うちに、来てくれるのね……?
わかったわ……鍵は開けておくから、住所は……』
「はい、今すぐ行きますから!
どうか安静にして待っててください!」
もしかすると、ボクが連絡を取れていない間、ずっと何も口に出来ていなかったのかもしれない。
そうだとするともう一週間も食べていないことになってしまう。ただでさえ痩せている彼女に、それほどの体力があるとは思えない。
……過ぎたことで落ち込んでいる場合じゃない!
電話で受け取った住所をメモに書き取り、検索して場所を特定する。学校近くの高級住宅街のようだ。ボクの家から一時間もしないうちに着く。
最寄りの駅に着いたら、学校に行くための自転車に跨りがむしゃらに漕ぐ。
背中にはそれなりに食事を作れるように冷蔵庫の中の食材をありったけ入れてきた。
重量があって重いけれど、今はそんなことを言っていられる状況ではない。
夏の夜、蝉がうるさく鳴く中で街頭の灯りを頼りにしてペダルを蹴りつける。
上梁さんの家の方は、彼女の世話をしているのだろうか?
いや……元から彼女が痩せ細っても何もしないような家庭だ、望みは薄いだろう。
彼女が頼れるのは、ボクだけかもしれない。
そう思うと急ぐ足に力が入る。
やっとのことで指定された住所に辿り着いて、上梁という表札を確認してチャイムを鳴らす。
返事が無い……!
鍵は開いていたので、そのまま扉を開けると……
玄関先に、上梁さんが倒れ込んでいた。




