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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第十章 ほのかな恋心
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第六十三話 保食忍


 深い深い暗闇の中で、昔の記憶が呼び起こされていく。思い出したくもない記憶が、堰を切ったようにどんどんと溢れ出してくる。


 これは夢なんだ……と自分では実感しているものの、思うようにいかない。


 忘れていたはずの記憶、忘れていたかった思い出が、蓋を開けてどんどんとボクの足元から飲み込んでいく。



 ある日、小学生だったボクは周りの子と馴染めずに困っていたのだ。ボクは体力が無かったし、あまりお外での遊びが好きじゃなかったから。

お前みたいな女みたいなやつ、仲間に入れてやらないと何度も言われて、泣いていた。


 お父さんに相談したら、お前に男らしさが足りないせいだと言い出した。



「……なあ忍……父さんがお前をもっと男らしくしてやろうか?」


「? ほんと? お父さん。ボクが男らしくなったらみんなと仲良くなれるかな?」


「ああ……きっと仲良くなれるさ」



 そう言って父さんはボクを抱え込んだ。

すると……彼はボクを抱きしめて、静かに囁いた。



「忍は……小さいな。まるで女の子みたいだ」


「お父さん! ボク男だよ!」


「ははは……ごめんごめん。忍が可愛くてな」



 そう言って、父さんはボクのズボンの中に手を入れてきた。突然のことで驚いたが、その時は何故だが声を出してはいけないような気がした。

背後からは荒い父の息遣いが聞こえて、逃げ出そうにも腕の力は到底敵うはずもなかった。



「なあ……忍……今、父さんがお前を立派な男にしてあげるからな……」


「お父さん……?そこは弄っちゃダメだよ?」



 父が、ボクの股間を触り出したと思った時。

その光景を、母が聞いたことのないような悲鳴をあげて静止した。



 それから父の姿を見ることはなかった。


 母は初めはボクのことを抱きしめて泣いていたものの、次第にしきりに父のことを話しはじめた。


 あの人は本当に家庭的でいい人だった。

あの人は私のことを愛してくれた。

あの人はお前のせいでいなくなった。



 そうして、母はボクをなんどもなんども厳しく躾けた。


 ご飯が少しでも残っていれば叩かれる。

学校からの帰り道で服を汚したら服を取り上げられた。

給食費を頼んでも返ってきたのは空の袋だった。



 耐えきれなくなって、もう何日もろくに食べていないことを小学校の先生に相談した。



 今度は母がボクの前からいなくなった。



 しばらくは一時避難所で過ごした後、ボクには新しい両親ができた。


 里親になってくれた藤雄さんと桜さんはとても良い人だった。ボクの過去を知っても、変わらずにボクのことを家族として受け入れてくれる。



 上梁さんと出会って、少しは男らしくなったのかなと思った。彼女のことを甲斐甲斐しく世話しているうちに、自分が価値のある人間だと錯覚していた。



 けれどボクはずっと、ずっとひとりぼっちだった。


 小学生の時のあの日から。

父がいなくなったきっかけのあの日から。

母がおかしくなったあの日から。



 ボクはずっと、無力な子どものままだった。


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