第五十九話 炒飯
クレープを食べ終わった後には、図書館の自習室で夏休みの宿題を終えていくことになった。
蝉の鳴き声が響く中、ビルの影に隠れながら暑い日差しを避けつつ進んでいく。
「不思議ね……」
「? どうかしましたか?」
「少し前は太陽の光は好きじゃなかったのに……。
今はなんだかとても気持ちがいいの……」
「……そうですね。でも今はエアコンの効いた部屋が恋しいです」
「ふふふ……同感ね。早く移動して……ゆっくりと涼んだ後にお勉強しましょう」
本当は手を繋いだりしたかったけど、こうして夏休みに上梁さんと並んで歩いているだけでも今のボクには十分すぎるほど幸せだった。
図書館に着くと、良く効いた冷房の風がボクたちを迎えてくれる。
夏休みということもあり、たぶん受験生と思しき学生ぐらいの人も多くいて自習室は程よく混んでいた。
けれど、みんな自分の勉強に集中しているみたいで、カリカリというペンの音がより集中力を高めてくれそうだと思いやる気が出てくる。
「それにしても……保食くんなら、夏休みの宿題くらいすぐに終わらせられそうなのに」
「ああその……実はボクだけだとあまり集中してやれなさそうってのがあったのと……その」
「……?」
「……上梁さんに会いたくて。それに直ぐに終わらせて貴女と遊ぶ時間が作れたらなぁって」
それを聞いて、上梁さんが困ったように顔を赤くして照れてしまう。その恥じらう様子はとても可愛らしい。
「……じゃあ……早く終わらせないとね……。
私も頑張るし、わからないところがあれば教えるから……」
「はい!……おっと、あんまり声出したら怒られそうだ」
くすくすと2人で笑いあい、長机に並んで問題集を開く。
それなりの量はあるのだが、普段からの積み重ねが良いのかすらすらと解けていく。
わからないところは隣の上梁さんに聞けば丁寧に教えてくれるので、全く拘泥することもない。
結局、夕方頃にはもう宿題の一つを片付けるほどに順調に進んでしまった。
夏の日の落ちるのは遅いにしても、そろそろ良い時間だ。
それに頭をたくさん使ったからかお腹も空いてきた。
「上梁さん。今日はこのぐらいでお開きにしますか?」
「そうね……そろそろ暗くなってしまうし……。
それに……お腹も減ったわ」
少し前までは絶対に聞かなかったであろう言葉に少しじーんと感動する。
本当はもっと一緒にいて、どこかで遊びたいけど。
とりあえず今日はこのぐらいにしたほうがいいだろう。夏休みは長いのだから。
「そういえば……そろそろバイトの時間ですね。
すいません。お先に失礼します」
「あら……そうなの?……じゃあ……せっかくだから、保食くんのバイト先で夕飯をご馳走になろうかしら」
思ってもない申し出だったけれど、こちらとしても上梁さんと一緒にいられる時間が増えて大歓迎である。
二つ返事で了承して、一緒にバイト先に出向くことになった。
バイト先の中華料理屋に着くと、榊原さんに出迎えられる。時間ギリギリなので謝らないと。
「よう保食。今日は……お? その女の子はどうした?」
「あ、こんばんは榊原さん。こちらボクの友人の上梁さんです」
「……どうも……」
「ほー……保食。お前彼女いたのか?
……まあ、いいや。とりあえずご馳走するよ。
さては遅れたのはそういうことか?」
あはは……と榊原さんのからかいをスルーして制服に着替える。上梁さんにはテーブルで待ってもらって、注文を聞いてチャーハンを持って行った。
「お待たせしました。こちら炒飯になります」
「ありがとうございます……。ふふふ、働いてる保食くんて……いつもより凛々しいわね」
「そ、そんなことは……あ、熱いのでお気をつけて」
上梁さんと適当に会話を交わした後に自分の仕事に戻る。
やっぱり夏休みということもあってか、学生の……特に運動部のお客さんが多いように感じる。
彼らはたくさん食べるから料理を運ぶのも大変だ。
せかせかと働いていると、いつに間にか食べ終わっていたのか上梁さんがこちらに話しかけてきた。
「ご馳走様様……保食くん。今日は楽しかったわ。
忙しそうだし……その、先に帰っているわね」
「あ……お見送りできなくてごめんなさい。
どうかお気をつけて」
カランカランと扉を開けてお店をあとにする上梁さんを見送りたいけど、今はちょっと難しそうだ。
後で電話してこのことは改めて謝っておこう。
そのときは忙しさのあまりあまり集中して見れなかったのだが……。店を去っていく上梁さんは、何故だか少し俯いて見えた。