第五十八話 クレープ
7月も終わりを迎えて、そろそろ上梁さんと出会ってちょうど3ヶ月ほどになる。
期末テストの結果はボクにしてはとても良くできていて、やはり先生が良いのだろうとという感想を抱いた。
加えて6月末に始めたバイトもやっと給料が入ったので、今はお金も時間もある好機だ。
上梁さんとは平日は学校内で、そうでなくても毎日電話で連絡を取り合っているが、そろそろ次のステップに進んでも良いのではないだろうか?
「か、上梁さん……夏休みは時間、ありますか?」
『夏休み?そうね……確かに保食くんと会えないのは辛いわね』
期末テストの結果を伝えるついでに上梁さんに思い切って尋ねる。夏休みという長期休暇を前にして、ボクはかなり浮き足立っていた。
『大丈夫よ……いつでも空いてるから』
「よかった……その、よろしければ何処かで会いませんか?
夏休みの宿題とか、教えて欲しいですし……それに」
『それに?』
「上梁さんに……会いたいので」
『……私も貴方に会いたいわ。保食くん』
恥ずかしさを堪えて本音を話すと、相手がそれに応えてくれる。夏休み早々に上梁さんと図書館でお勉強する約束をして、ボクは幸せな気分でその日を待ち望んだ。
これはデートだとボクは思うのだけど、彼女はそれを意識してくれるだろうか?
勉強のため……という口実だけどそれだけではなく、上梁さんに楽しんでもらえるように色々と考えておかないと。
はやる気持ちを抑えて駅前の集合場所まで急ぐ。
思えば、夏休みがはじまって誰かと約束して会うこと自体随分と久しぶりに思えたし、それが異性ともなれば当然はじめてだ。
それにこれはたぶん。ボクの初めてのデートだ。
いやがうえにもテンションが上がるというものだ。
「上梁さん!待たせてしまってごめんなさい」
「いいえ……私が早く来すぎてしまったの。
ほら……まだ約束の30分も前だし」
最近の上梁さんは出会った時とは明らかに違った。
この3ヶ月で、どんどんと心身が健康になったのか、以前までの少し暗い雰囲気が無くなっている。
体型は痩せすぎていた当時と違って、今はスレンダー程度といった具合まで肉付きが良くなった。
顔も目に見えてふっくらと柔らかになり、その白い肌は健康的にきめ細かく、髪の毛も黒々としていてさらさらと輝いている。
服装もその心情の変化に合わせてか、どこか華やかな雰囲気を漂わせていた。
上は白いTシャツ、下はベージュのパンツに、同じくベージュのカバン、紺色の帽子と一見して地味目に見える服装だけれども、スレンダーで長身な上梁さんが着こなすと、どこか大人な雰囲気がしてとてもカッコいい。
上梁さんってこんなに素敵な人だったんだな……と思わず見惚れてしまうほどだった。
「上梁さん、その……お洋服とっても似合ってます。
カッコよくて、別人かと思っちゃいました」
「保食くんも……いつもよりカッコいいわ……。
思わずドキッとしちゃったもの」
ボクの服装は、寒色系のサマーニットに上は無地のTシャツ、下は黒いパンツというとてもシンプルなものだ。
母親の桜さんに相談したところ、こんなふうにシンプルなほうがハッキリとしていて良いらしい。
「あ……ありがとうございます。
そ、その。まだ時間がありますし何処かでご飯でも食べませんか? お弁当……作ってきたので……」
「……そうね。そこの広場で食べましょう。
ちょうどいい感じに椅子もあるみたいだし」
今日のお弁当は、お外でも食べやすいようにバスケットにサンドイッチを詰めてきた。
卵やハムとレタス、ポテトサラダ、かぼちゃとレタス、ベーコントマトレタスなど、色使いも意識してなるべく飽きさせないようにした。
「ふふ、宝箱みたいね……いただきます」
「ええ。たくさん食べてくださいね」
最近では上梁さんも普通の食事を普通に食べることができるようになったので、料理に幅が広がってこちらとしても嬉しい限りだ。
ぺろりと2人でお弁当を平らげると、何処からか甘い香りが漂って来た。
「あ……上梁さん。見てくださいクレープ屋さんですって」
「クスッ……保食くんは食いしん坊ね……。
私はもう食べられないから……自分の分だけ買ってきて」
「わ、わかりました……ちょっと待っててくださいね」
微笑んで手を振る上梁さんを背に、移動販売のクレープ屋さんへと急ぐ。ボクは甘いものが好きなので、どれもこれもとても美味しそうだ。
せっかくなので上梁さんにも……と思ったものの、お腹いっぱいと言っている彼女に無理をさせるわけにもいかない。
「戻りました。いちごのクレープを買ってきましたよ」
「あら……良い匂いね」
クリームの甘い匂いがして、食欲をそそる。
パクッとかぶりつくと柔らかいクレープの生地と、
クリームの控えめな甘味、いちごの酸味でとても美味しい。
「……ねえ保食くん。私にも一口いいかしら?」
「え……それなら買ってきますけど……?」
「……その、ちょっとそのクレープをこっちに寄せて?」
するとクレープを持ったボクの手を掴んで口元に持っていき、はむっと控えめにかじった。
そこはちょうどボクがかじったところだったので、思わずドキッと心臓が跳ねた。
「……うん……やっぱり美味しいわ……!
……ごめんなさい。ちょっとはしたなかったわね」
「い、いや……その喜んでもらえて何よりです」
「保食くんが食べてるのを見てたらお腹が空いて……。
でも……やっぱり一口で大丈夫そう。ありがとう」
「は……ははは、そうですか……」
彼女がかじったところを凝視して、躊躇いがちに口をつける。
彼女と初めて間接キスをしてしまって、その後はクレープがさっきまでよりも甘く、美味しく感じられた。