第五十六話 ほっぺた
蒸し鶏のサラダを食べてもらってから、ボクが作って持っていく料理のレパートリーは増えた。
お肉でも大丈夫そうだとわかったので、少しずつ少しずつ栄養価の高いものを、そして量を増やしていくことに決めたのだ。
最近ではモーニングコールの後の朝食も問題なく食べれているみたいだし、夕食も楽しそうだ。
こうしてくると、まるで上梁さんのお母さんか、専属のお医者さんになった気分がして少し自分が誇らしい。
けれど何事にも熱心になれなかったボクには、本当にはじめて見つけることができた楽しみだ。
美味しそうにボクの作った料理を頬張る上梁さんをみていると、とても暖かい気分になる。
普段の鬱屈としたクラスでの扱いを忘れられるほどに。
ボクは上梁さんが好きなのかもしれない。
こうして、いつもの場所へ階段を登っている時も、胸が高鳴っているのを感じる。
今日は美味しくできたから食べてほしいな……
どんな風に食べてもらえるだろうか?
喜んでくれるだろうかと考えるのも楽しい。
「上梁さん。こんにちは」
「保食くん……待ってたわ。もうお腹ぺこぺこ……。
今日はどんなお料理なのかしら?」
最近では何か一品だけでは無く、普通にお弁当を作ってくるようにしている。
もちろん味は控えめだし、量も少なくできるだけ消化に良いものにしてはいるけど。
「こうして……誰かとご飯を食べるのって……楽しいわね……」
「はい!ボクもそう思います。
上梁さんがおいしそうに食べてくれるのでボクも嬉しくなりますよ」
それは良かったわ……と上梁さんが微笑む。
近頃はこうして笑顔を見せてくれることが多くなって、その控えめに花が咲いたようなほのかな笑みが、またなんともこちらを喜ばせてくれる。
「ご馳走様……ねえ、ちょっといいかしら?」
「? ……はい、どうかしましたか?」
すると、上梁さんがすっ……とこちらに近づいてくる。
いきなり手の届く距離まで近づかれたので、少し驚いてしまった。近くで見る上梁さんは、出会ったころよりも少し血色が良く見えた。
それに以前では感じ取れなかったのだが、今の上梁さんからはどこか良い匂いがしてとても緊張してしまう。
「ど、どうかしましたか?」
「……ちょっと……ほっぺたを触ってもいいかしら?」
「え?……ええ、いいですけど……?」
おずおずと手を伸ばしてきたかと思うと、上梁さんが両手でボクの頬に手を当てる。
ひんやりとしてて少し暑い気候の今日にはとても心地が良い。そしてそのままふにふにと優しく揉みはじめた。
「…………」
「はぁの、なんれすか?」
「…………かわいいわね、保食くん」
上梁さんが楽しそうにボクのほっぺたでむにむにと遊んでいる。かと思うと、今度は片手を自分のほっぺに当てて、同じようにふにふにとその感触を確かめはじめた。
「……どうしたんですか?」
「……ううん。私って……やっぱり痩せてるのね……。
保食くんと比べるとよくわかるわ……」
どうやら、自分がどれくらい痩せてるのかを、ボクと比較して実感したかったようだ。そう納得していると、今度はこちらの手を持って上梁さんが自分のほっぺたに持っていく。
「ねえ……保食くんはどのくらいの柔らかさが好みかしら?」
「え!? ……ええと……その……?」
2人でほっぺたを触り合い、見つめ合う。
こうしていると、まるで恋人になったようでドキドキする。
上梁さんの顔は少し赤らんでいるが、こちらはその比ではないぐらい照れていた。
「……その、今の上梁さんも素敵ですけど」
「……けど?」
「ボクは……もう少し肉付きが良いほうが、好みです」
「……そう……そうね。保食くんがそういうなら……」
すると、上梁さんの目が輝いたようにキリッと引き締まる。いつものどこかどんよりした雰囲気とは違って、どこか凛々しくすら見えた。
「私、保食くんのために変わるわ。
もっと身体に気をつけて……貴方の好みの女の子になる」
「上梁さん……」
その日の彼女は、ボクにはもうすでにとても輝いて見えて、ボクは明確に上梁さんを好きになってしまった。