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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第九章 日陰の者たち
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第五十五話 やわらか蒸し鶏のサラダ


 いつものように二人分のお弁当を抱えて憂鬱なクラスから出る。以前は一緒に食事……いや、いいようにこちらをこき使っていた小田巻くん達は、もうボクのことなんか眼中にないみたいで、前はボクをいじめていた友人の1人を執拗に揶揄っていた。


 つまりは、そういうことなのだろう。


 ああいう輩とはやっぱり関係を持つこと自体、愚かなことなのかもしれない。


 けれど、正直そんなことはどうでもよくなっていた。

自分にはもう他に親しい友人がいるのだから。



 少し緊張しながらもいつもの階段を登る。

今日のお弁当はかなり冒険してみたつもりだ。


 おそらくだが……上梁さんはあまり沢山の食事や、カロリーの高い消化に悪いものは心も、身体も受け入れづらいだろう。だからこそ今まではローカロリーなものを勧めていたわけだが、今日はちょっとだけ栄養価の高いものを食べて欲しかった。



 教室の位置の関係で先に待っている上梁さんに挨拶する。

心なしか、今日の彼女は少し血色がよく思える。



「保食くん。こんにちは……。朝の電話ぶりだけど……」


「こんにちは上梁さん。今日はなんだかお元気そうですね」


「ええ……やっぱり朝ご飯を食べると違うわね……。

午前の授業は集中できたの。これも貴方のおかげよ……」


「上梁さんのお役に立てて嬉しいです」



 ふふふ……と普段しない表情なのか、ぎこちなく彼女が笑う。たぶん一般的にはそこまで魅力的ではないのだろうけど、今のボクには輝いて見えた。



「……今日は、どんなご飯を持ってきてくれたの?」


「ええ……その、実はこんなものなんですけど……」



 促されてお弁当の蓋を開ける。

そこには蒸した鶏肉のサラダを詰めておいた。



「……お肉、なのね……」


「あの、蒸してちょっとでも脂質を落としたあっさりめの鶏のサラダなんです。ポン酢をベースにしたタレで、旨味を加えてます」



 慌てた様子でこちらが料理について説明すると、その様子がおかしかったのか上梁さんがクスクスと笑う。



「……ふふふ……大丈夫よ。保食くん。

保食くんのご飯だもの……美味しいに決まってるわ」


「食べられそうですか……?」


「お肉なんて本当に久しぶりね……」



 いただきます、といって上梁さんが一口サラダを口に運ぶ。もふもふと小さな口でゆっくりと咀嚼して味わうと、静かに嚥下した。


 すると……閉じたその目からは涙が静かに流れた。



「上梁さん?……その、お口に……」


「違うの……ごめんなさい。また……美味しくて泣いちゃったわ……。

お肉の柔らかな食感が……ああ、求めてたものはこれだったんだなって……」



 すると、静かに涙を流しながら一口、また一口と箸をすすめていく。


 たぶんだけど……砂漠での水のように、上梁さんの心身はずっとたんぱく質を求めていたのかもしれない。

待ち望んだものが得られたことで、感極まってしまったのだろう。



「ご馳走様……今日も美味しかったわ……」


「お粗末様です。……よかった……気に入ってもらえて」


「……これからは、できるだけ保食くんの食べてるものと同じものが食べたいわ……」



 それは……ボクも一応は男子だから、割と脂っこいものやソースの味が強いものも入っているので、全く同じというわけにはいかないだろう。


 けれど、そういう前向きな提案を上梁さんがしてくれたことにとても嬉しくなった。



「はい!……でも、できるだけ栄養バランスの取れたものにしますね」


「……迷惑かけてばかりね……保食くん、優しいから……」



 すると、上梁さんはいつものように俯いてしまう。

できれば……そんな顔はしてほしくなかった。



「その……ボクは、上梁さんと食べるご飯……大好きなので、迷惑だなんて思ってないです」



 つい口をついて出てしまったが、かなり恥ずかしいことを言ってしまった。すると、上梁さんは今度は、涙を拭ってこちらを真っ直ぐに見つめた。



「私もよ……保食くん。貴方と食べる食事は……

本当に、幸せな気分になれるから……」



 すると、上梁さんの青白い肌がすっと赤らんだ。

ぽかぽかと暖かいので、たぶんボクも同じように耳まで真っ赤なのだろう。



 結局ほくほくと茹だったようになって、2人して俯いてモジモジしてしまった。


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