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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第九章 日陰の者たち
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第五十四話 うどん


 上梁さんとの連絡先を交換した後、少しそわそわした気分で家路に着く。

考えてみると、クラスの連絡網と家族以外で女性と連絡先を交換したのはこれがはじめての経験のような気がする。

上梁さんと過ごしていくうちに、なんだかその魅力に気づいてきた。


 上梁さんは今でこそ元気が無くて、血色が悪く少しお肌も荒れ気味だし髪も白髪混じりだ。

お世辞にも綺麗な人とはいえないし、どこか病的な雰囲気が周りを遠ざけているかもしれない。


 けれど、ご飯を美味しそうに食べている時の幸せそうな表情や、ふとしたとき時に……本当に偶にだけど、微笑んでくれる時の柔らかな笑みは素直に可愛らしいと思う。


 ……女性との交流が少ないから、自分がそう思ってしまうのかもしれないけど。

でも、もし上梁さんが今よりもずっと元気に過ごしてくれたなら、それはボクにとって幸せなことだ。



(……よし!上梁さんをとことんまで餌付けして、とことん健康で、綺麗な人になってもらおう!)



 後から考えると、上から目線で下心のある考え方だったけれど。この時の自分の想いは、確かに純粋なものだったと思う。




 夕飯も食べ終わったのでお昼にできなかった勉強の続きを教えてもらおうと、上梁さんへメッセージを送ろうとする。



(……き、緊張するなぁ……人にメッセージを送るなんて久しぶりだ)。



 クラスでは除け者にされているし、以前から友達ができた試しがないのでこうしてメッセージを一つ送るのさえドキドキしてしまう。

失礼がないだろうかなど何回も送る文面を確認して、ようやく送信ボタンまで辿り着いた。



(……ええい!ままよ!)



 ぽふん、とメッセージが相手へと送られる。

するとすぐに既読がついて返事がきた。



『お時間がよければ、お電話したいです』


(電話かぁ……!声が裏返らないようにしないと)。



 深呼吸して、こちらから通話ボタンを押す。

やはりワンコールもしないうちに繋がった。



「も、もしもし?上梁さんですか?」


『……クスッ……夜分遅くにごめんなさい』



 気をつけていたものの、少し声がへんになったのをクスリと笑われてしまった。



「あはは……それで、どうかしましたか?」


『ええ……ちょっと……保食くんの声が聞きたくて……』



 声が聞きたくて……そんな理由で連絡してくれたことに、かなり喜びを感じてしまう。



『……実はね。今……おうどんを作ったのよ』


「……うどんですか?美味しそうですね」


『……ええ……あっさりめのおつゆで、少しだけ……。

ねえ……食べても……私、大丈夫かしら?』



 少し戸惑ったような声で聞いてくる。


 おそらくは……自分が夕食を食べるのに、どこか恐怖……というか踏ん切りがつかないのだろう。

それで親しくしてる自分に応援してもらおうと考えたのではないか?



「……大丈夫ですよ。いただきますして美味しく食べましょう。一口でもいいですから」


『……そうね……こんなに美味しそうなのだもの。

捨ててしまうのはもったいないわ……。いただきます』



 小さくスルスルと静かにうどんを啜る音がする。

何度かお箸が器に当たるカチャカチャという音がしたと思うと、とん……と器が机に置かれたようだ。



『ご馳走様でした……。ねえ、保食くん。

おうどん……美味しかったわ。つゆまで飲んじゃった』


「ボクも、ご飯を食べたばかりなのにお腹が減りましたよ」


『ありがとう……勇気をくれて。

すぐに後始末をするから……終わったらお勉強しましょ』



 とっとっと、という足音が聞こえる。

どうやら上梁さんは満足のいく夕飯を食べることができたみたいだ。

うどんは消化もよくて身体にも優しいと聞くから、少しでも栄養を取れたなら幸いだろう。


 その時ふと、自分にも出来そうなことを思いついた



『……戻ったわ、それで……続きなんだけど……』


「上梁さん、その前に……もしよろしければなんですけど」


『? ……何かしら?』


「これからは……朝ご飯と夜ご飯の時に、連絡してもいいですか?上梁さんと一緒に食べてる気がして、ボクが嬉しいので……」



 かなり踏み込んだ提案だが、上梁さんのためにもなると思う。おそらくだが、上梁さんは三食まともに食べてはいないはずだ。それを是正していければ、より健康的になれるかもしれない。



『……そ、そうね……毎日、一緒………………』


「……ごめんなさい。嫌ですよね……」


『ち、違うのよ……嬉しくて……。

こちらからお願いしたいぐらいだわ……』



 ……良かった……! ここで拒絶されたら、立ち直れないかもしれなかった。心の中で小躍りしてガッツポーズする。



『……その、ついでといっては押し付けがましいのだけれど』


「なんでしょうか?ボクにできることなら」


『私、寝起きが悪いの……だから、モーニングコールしてもらえると助かる……わ』



 それぐらいならお安い御用である。

もちろん快諾して起床したい時間を聞いた。



『その……楽しみね……。私、こんなに明日が待ち遠しいのは……はじめてかもしれないわ……』


「ボクもです。今日は早く寝ますね」



 くすくす……と二人で笑いあいながら、結局その日は遅くまでお勉強を見てもらった。


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