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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第一章 留木京治のお話し
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第五話 慰謝料


 あれから……数日が過ぎた。

自分の怪我は軽いものだったようで、事故の翌日には歩けるまでに回復していた。

元来、頑丈な身体だったのもあるかもしれない。

もしくはあの事故での衝撃は、全て凛堂四葉さんが受けたから……とも思えた。


 家に帰るとそこには酒に酔った父さんがいて、その場で一発殴られた。

お前のせいで俺たちは路頭に迷うことになるんだ。

お前なんて俺の息子じゃないと罵倒されて、母さんに庇われて自分の部屋に引きこもった。


 しかしそこにも逃げ場はなかった。

目を閉じたり明かりを消すと暗闇の中であの日の記憶が蘇る。


 あの血だらけで手足が折れ曲がった少女の姿が。

その度に飛び起きて、嘔吐感を抑えられずに吐き出した。


 そんな日々を過ごしていた時、父がスーツを着て俺の部屋に入ってきた。

また殴られるのか……?と思っていたら、無愛想に俺にこう言った。



「京治、早く制服に着替えろ。お前に会いたいという人がいる」


「俺に……? だ、誰なんだ?」


「……凛堂四葉さんの父親、智樹さんだ。

くれぐれも失礼の無いようにな」



 凛堂四葉さんの父親。

おそらく本人を除けばこの世で1番俺を憎んでいるであろう人の一人。

その人と会わなければならないと聞いて、俺は恐怖で身を強ばらせた。



 父と一緒に喫茶店に入る。

そこに待っていたのは……いかにも身なりが良い、

遠目から見ても威厳のある紳士的な男性だった。

歳は30代後半〜40代と言った印象を受ける。

若々しさもありつつも、堂々としていてカリスマ性が感じられる人だった。

……若干の眼の下の隈は事故の対応に追われてできたものだろうか?



「お待たせしてしまい、申し訳ありません…凛堂さん。」


「…いえ、私の気が逸っただけですよ。

お気になさらずに。…君が、京治くん…だね?」



 凛堂さん。

つまりはこの人は凛堂四葉さんの父親の智樹さん。

そう知った瞬間に、ドキリと心臓を掴まれたような感覚になる。


 ビクビクと、まるで小動物のように縮こまりながらも、父親に促されて簡単な挨拶を済ませる。



「と、留木、京治と言います。この度は、本当に申し訳ありませんでした…。」



 思わず手をぎゅうと握りしめて、喉がカラカラに乾き、涙が溢れてくる。


 凛堂さんはそんな自分の様子を見てもどこか冷たい視線を隠そうともせずにこちらを睨め付けていた。その態度にますます身体を強ばらせながらも、どうにかして席に着いた。



「…正直ね。私は今けっこう冷静になっている。

京治くん。君が迅速に救急車を呼んでくれたから娘は一命を取り留めたと言えるし…。

君のご両親と何より君自身の態度はしっかりと事態を重く考えてくれているようで、ね。」



 彼の言葉には一つ気になるところがあった。

彼女は、四葉さんは一命を取り留めているという部分だ。

すると、俺の表情を見て気づいたのか、智樹さんが父に向けて鋭く指摘した。



「……娘の病状のことは説明しておくように言っておいたはずですが?」


「すいません……こいつが部屋に引きこもっていたもので、伝え忘れていました……」



 智樹さんの言葉に小さくなる父はいつも見るような父親の姿とは全く異なって、とても情けなく思えてしまった。

そんな父に侮蔑の視線を向けつつも、智樹さんがさらに言葉を続ける。



「娘は普通の生活が出来なくなってしまった……おそらく今後人並みな幸せは得られないだろう。

これに関してはしっかりとケジメをつけないといけない。そうだね。京治くん。」


「……はい、本当に……申し訳ありません……」



 隣に座った父も、同様に俯いてしまっていた。

おそらくはこれより前に具体的な内容についての説明を受けていたのだろう。



「慰謝料に関してだが……これを見てくれたまえ」



 そう言って、父ではなく俺に書類を差し出した。

あくまでも俺が事故の加害者であることを明確にしたいのだろう。書類に目を通すと……そこには信じられないような額が記載されていた。



「2、2億……円……?」



 愕然とする俺と同様に、父親も唇を噛んで震えている。

しかし智樹さんはあくまで冷静に、そして突き放すように言葉を続けた。その姿はまるで裁判官のようで俺は彼の前では受刑者も同然だった。



「娘はまだ若い。これからの人生を台無しにされたんだ。これに加えて君を重過失致死傷罪でも訴えるつもりだ。懲役又は禁固5年といったところだろう」


「5年……?」



 下された判決は一人の少女の人生の重みを感じさせるものだった。いや、彼女が負った痛みと傷に加えるとそれでも足りないかもしれない。

俺はその言葉に頭が真っ白になり、そのまま涙を流して押し黙った。



「それと……これは個人的なお願いなんだが」



 智樹さんが先程までとは異なり歯切れが悪く切り出す。その言葉には苛立ちと同時に…何処か、戸惑いのようなものも含まれていた。



「娘に…四葉に、会ってほしいんだ。

あれが君に是非とも会いたいらしくてね。」



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