第五十二話 お味噌汁
6月はどちらかというと好きな季節だ。
雨になるとどこかどんよりした空気が自分の心境を映してくれるようだし、雨音を静かに聞いていると心が落ち着く気がした。
それに苦手な体育の授業も室内での競技になるので、幾分か楽になるのが良いところだと思う。
そうして、体育で少し汗をかいた後にいつものように少し距離のある特別教室棟の屋上への階段を登ると、そこには上梁さんが待っていた。
「あ……保食くん。遅かったね……」
「すいません。前の時間が体育だったので……」
「……ほんとだ……汗の匂いがするわ」
ごめんなさい臭くて……と謝り、静かな昼食が始まる。
上梁さんは食欲がない日にお弁当を渡すと言ってはいるものの、実際には毎日こちらにお弁当を渡してくる。
内容はいつもサラダなので、意図せずして一品料理が増えたような形だ。
ボクが食べている間は、上梁さんは机に向かって何か勉強をしているか本を読んでいる。
なので、特に会話もいらないし、ただ一緒にいるだけといった間柄だった。
けれど、これは上梁さんのためにはならないのではないかと最近になって思いはじめている。
上梁さんは……見た通り、何か食べ物を食べられない病気のようなものを抱えているようだ。
そんな人の食事を食べてしまうのは、結果として上梁さんの体調を悪くしてしまう一方ではないだろうか?
なので、今日は勇気を出して上梁さんに何か食べ物を食べてもらえるようにした。
「上梁さん。ちょっといいですか?」
「……? なに?」
「その……味噌汁を持ってきたんですけど、食べきれなくて……少しでいいので食べてくれませんか?」
すると、上梁さんは露骨に嫌そうな顔をする。
持ってきたのは保温できる弁当に入れた味噌汁である。
きちんと出汁をとったワカメの味噌汁で、味は薄めにして出汁の美味しさを味わってもらえたらと作ってきた。
「…………わかったわ……一口だけなら……」
……よし。一応何回もこちらが上梁さんのお弁当を食べているという借りがあるので、断りきれなかったようだ。
上梁さんに蓋を開けた保温ポットを渡すと、出汁のいい香りがあたりに薫った。
そしておそるおそるといった様子で口をつける彼女を、少し緊張しながらも見守る。
「…………!……美味しい……!」
すると、どうやらお気に召したようで、それから時間をかけてくぴくぴと飲んでくれているようだ。
そして、飲み終わったのか血色の悪い頬を少し赤らめて、はふっ……と口を離した。
「ご馳走様様でした……」
「……その、ごめんなさい。
上梁さんに無理を言ってしまって……」
すると上梁さんはこちらを見て、少し微笑んだ。
かと思うと、空になった容器をじっと見つめた。
「……保食くん。実は私のために……お味噌汁、作ってきてくれたよね?」
「それは……」
隠すことでもないので、首肯する。
すると上梁さんは突然涙ぐんでしまう。
「保食くんの……お味噌汁。美味しかった。
今までで食べたお料理で1番かも……」
「そんな……大袈裟ですよ」
「ううん……とても美味しかったの……ありがとう」
静かにポタポタと涙を流す上梁さんにどうしたらいいのかわからずに、ハンカチを貸すことしか出来なかった。