第四十六話 ぼくのお話
「ねえ、祐介。もう寝ちゃった?」
背後から柳城の声が聞こえてくる。
うつらうつらと眠りかけていたが、何か伝えたいことがあるようだとわかったのでなんとか意識を取り戻す。
「昨日、祐介が自分の家族のこととか、生い立ちのことを話してくれたよね?」
そういえばそうだった。今から考えると少し気恥ずかしいが。自分の中で抱えていたことを吐き出せてすっきりした気分になったのだ。
「じゃあね。今度はわたしの……いや」
「ぼくの、お話を聞いてくれないかな?」
返事を確認せずに、そのまま柳城の独白は続いた。
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物心ついたときに、ぼくは自分の格好に違和感を覚えた。
「おかあさん、なんでぼくはあの子とは違う服を着てるの?」
「何故って……あなたは女の子でしょ?
それと『ぼく』っていうのは男の子の言葉だから、使っていいのは『わたし』よ」
「……じゃあぼくは『ぼく』だよ」
「いいえ、あなたは『わたし』じゃないと駄目」
そのときから、母に言われるがままに『わたし』を使いはじめた。
小学生になると、自分の体力が他の子よりも劣っていることに気づいた。
「はぁ……はぁ……ま、待ってよ……」
「……なあ、やっぱり柳城を仲間に入れるのやめようぜ?」
「そーだなー……。正直何やっても女子ー!って感じだし、
相手してて気を遣うしでつまんないんだよな」
「で、でもわたし達、友達でしょ……?」
「あー……悪いことは言わないから、あっちの女子と一緒に遊んだ方がいいと思うぜ?」
「そうそう。おままごととかしたほうがいいよ」
じゃあなー!と言って、友達だと思っていた人たちはそのまま遠くへと行ってしまった。
追いかけようにも、その時自分の細い脚は動いてくれなかった。
中学生になると、また男の子の友達を作ろうとした。
「どうしたの?こんなところに呼び出して?」
「いや……その……言おうかどうか迷ったんだけどよ」
「? 何かな?」
「その……柳城って俺のこと、好きだろ?
だから……付き合ってくれないかって……」
「えっ……だって……え?」
「…………はぁ?じゃあお前、好きでもない男にあんなに仲良くしてたのかよ?!」
「わ、わたしたち……友達じゃないの?」
「…………ふざっけんなよ!俺の心を弄びやがって……!
お前なんか友達でもなんでもねえよ!」
散々罵倒されて、もう二度と男の子とは友達になれないのかな……と思った。彼が言いふらしたのか、それからは誰もがわたしを誰とでも仲良くなる尻軽女と後ろ指を指した。
高校生になって、今度は女の子と友達になろうと思った。
「ねえ、柳城さん。あなた調子に乗ってるでしょ?」
「……調子になんか、乗ってない」
「いい気味よね?私が先に好きになったのに、あなたは彼の告白をあっさり断って」
「わたしは……彼のことなんとも思ってないし……」
「……ねえ……柳城さん。頼みがあるんだけど……」
「な、なに?わたしにできることなら……」
「もう学校に来ないでくれる?あなた、邪魔なの」
初めてできたと思った女友達。
密かに想いを寄せていた女の子は。
わたしのことをいじめた後に、吐き捨てるようにそう言った。
高校に行けなくなって街を当てもなくぶらついていたら、声をかけられた。
「お嬢ちゃん、今暇ならちょっとあそこのカフェでお話ししない?」
「……あ?なんだよ?人の目を見るなり震えたりして?俺なんもしてねえだろ?」
「……おい、マジで大丈夫かよ?顔色真っ青じゃねえか……?」
「うわ……ちょっ……マジかよ……やべーわこの女……。
じゃ、じゃあな!」
男性の、その性欲に満ちた目を見てしまった時。
わたしは恐怖のあまり、その場でお昼ご飯を吐き出した。
吐瀉物まみれになったわたしを、お母さんは泣きながら抱きかかえて慰めてくれた。
わたしは、半年ほど学校に行かなくなったあとに。
別の高校へと転校した。
もう二度と、同じ過ちは繰り返さないように。
もう二度と、友達を作ろうなんていう大それたことを考えないで、静かに過ごせるように。