第四十五話 心の聖域
北海への小旅行から、柳城の家出騒ぎまでの一連の騒動に一旦の区切りができたことを思いながら、ゆっくりと湯船に浸かる。
(あとは、どうにかして柳城を家に帰さないとだな)。
柳城はどうやら、俺が母親に馬鹿にされたことに憤慨して家出をしたらしい。つまりは、蘭子さんが俺に対する印象を多少改めた今なら大人しく家に帰宅してくれるかもしれない。
少なくとも約束通り一晩は一緒に添い寝をするが、そのあとなら柳城も気分が落ち着いて、家に帰りたくなるに違いない。たぶん柳城なら何か妙な気も起こさずに、ただ二人で添い寝するだけだろうし。
(まあ、俺にしては。よくやったほうかな……)。
溜まりきった疲れで少し眠りかけながらも、事態の終息が見えたことで少し安堵している自分がいた。
正直なところ、俺がここまで他人に肩入れするのは初めてかもしれない。
子供の時から色々な事情で人間不信気味だった俺にとっては、柳城は唯一と言っていいほど信頼できる人間の一人だし、大切な存在になっていた。
願わくば彼女がきちんと親と仲直りしてくれれば、俺としては満足だ。
お風呂から出ると、冷蔵庫から出したのかアイスを食べて待っている柳城がいた。
「アイス、買ってきてくれてありがとうね。
美味しいから一緒に食べようよ」
「ああ、好みがわからないから適当に買った」
「それは勿体無いね。今年の夏中に食べ切らないと」
もしかして、この夏は部屋に入り浸るつもりなのだろうか?
考えてみると今回の一件で蘭子さんには俺たちは恋人関係にあると言ってあるし、一旦家に帰った後に折りをみてまた来るつもりなのかもしれない。
「ねえ、このゲーム協力プレイってできるんだよね?」
「できるな。もう一つディスプレイとゲーム機が必要になるけど」
「……じゃあ貯めてたお金一気にぱーっと使っちゃおうかな〜」
どうやら本格的にここは柳城の遊び場になる予定のようだ。まあ、色々迷惑かけているし、それぐらいは仕方ないのかもしれない。
「もう遅いし、今日は疲れたから俺は寝るぞ」
「あ、ちゃんと歯磨きしないと駄目だよ。
……お泊まりセット持って来といてよかった」
シャコシャコと二人並んで歯を磨いて、そのまま自分の部屋に向かった。
「ねえ、祐介? そういえば前に勉強会やった時、絶対俺の部屋に入るな!って言ってたよね。わたし、入っていいのかな?」
「ああ……もう今更だしな。開けてもいいぞ」
柳城に鍵を手渡すと、ごくりと唾を飲み込んで寝室の扉を開ける。
そこには……
「……? ふつーじゃない?」
「まあ、そうなんだよ。何も秘密なんてない」
……簡単に言えば、ここは自分にとっての聖域だったのだ。
親のこと、学校のこと、将来のこと、昔のこと。
それらから解放されて、ただ自分だけの殻に篭るための避難所。
できれば、誰にも入ってほしくない部屋だったが……。
「柳城、お前はもう、俺の日常みたいなもんだからな。
入ったところでなんとも思わない」
「ふーん……祐介の、日常……か」
すると柳城は俺の背中に抱きついてくる。
非力ではあるものの、ぎゅうっとできるだけ強く抱きしめているようだ。
「……どうした?」
「別に、ただぎゅーっとしたくなっただけ」
背中に張り付いた柳城を引き摺りながら、そのまま自分のベッドに横になり、柳城が風邪を引かないようにタオルケットをかけた。