第四十四話 釈明
何はともあれ……ようやく蘭子さんへの連絡先を手に入れたのだ。
もう時計の短針が11時に差し掛かろうという時間だが、一刻も早く状況を説明しないといけない。
それに今は柳城が切った髪を洗い流すのを兼ねてお風呂へと入っているため、先ほどのように邪魔されることもないだろう。
自分の電話で蘭子さんへとコールすると、かなりの時間待たされた後にようやく電話口に出てくれたようだ。
「もしもし、浅海です」
『……浅海くん……なのね。知らない番号からかかってきたから誰かと思ったわ』
蘭子さんはどうやら、酷く憔悴しているようだ。
先ほどまでのヒステリックさは鳴りを潜め、枯れた声で応対される。
「連絡が遅くなってしまい、大変申し訳ありません」
『……いいのよ。連絡さえくれれば。
愛美は今、何してるのかしら?』
「愛美さんは、雨で汚れた身体を洗い流すためにお風呂に入っています。先ほどまで落ち込んでたので」
『そう……。あの子、やっぱり落ち込んでるのね』
少々誤魔化しを加えたが、大筋は間違っていない。
『あの子はどうしたいって言ってるかしら?』
「……落ち着くまでは、私の家で過ごしたいと」
『あなたの家……ちょっと住所とか、教えてくれる?
大丈夫よ、押しかけたりはしないから』
「ええ、わかりました」
……どうやら、柳城のあまりの強情な態度に深く傷つけられてしまっているらしい。
覇気も無く、か細い声は皮肉にも出会った頃の柳城に似ていた。
『ああ、学校近くのマンションね……。
そう、近くにいるようでよかったわ』
「……柳城さん。その、私の方から事の経緯をお伝えしたいと思います。
信じてもらえるとは思いませんが、どうかお聞きいただければ幸いです」
『……そうね。そういえばあなた達からは事情を聞けず終いだった。とにかくあの子とどんな関係なのかだけでも、教えてくれると嬉しいわ』
ようやく弁明の機会を得られたので、かいつまんで事の経緯を説明していく。
まずは自分は学校のクラスメイトで、近くの席の柳城と仲良くなった末に恋人となっていると伝えた。
……お互いに好意を抱いているとしておいた方が説明に都合が良い。
次に、自分が浅海グループの人間で、自分から北海市の旅行に誘ったということにしておく。
……浅海の名前は信頼感を生むし、そもそもの発端は自分ということを強調しておけば、柳城も和解がしやすいだろう。
最後に、部屋割り等は全くの別部屋で、まだ自分たちは清い関係であることを明言しておいた。
もちろん、浅海家でのアレコレ等は特に必要が無いので省いたが、大筋は伝わったと思う。
『そう……浅海の名前でもしかしてと思ったけど。
あの浅海グループのお子さんだったのね』
「はい。浅海三郎が僕の父親です。
そして……私は愛美さんと真剣にお付き合いしています。
今回の件では大事な娘さんをお預かりするのに、
事前に連絡をしなかった私に全面的に落ち度があります」
『……その、どうやら私が誤解してたみたいね。
あなたは話してる限り、本当に誠実な人みたい。
むしろ旅行前の娘の言葉を信じきってた私にも少し落ち度があるわ』
……どうやら、態度を氷解させることができたみたいだ。
普段はあまり良く思っていない浅海の名前も、今はとても心強く思えた。
『その、浅海さん。知っての通り娘は人見知りで、それに傷つきやすい子なの。私も心配してずっとかかりっきりになってたのだけど、今になってそれが良くなかったのかもって……』
「いえ……娘さんを大切に思う気持ちに間違いなどありません。愛美さんが落ち着きましたら、必ず柳城さんの元へとお返しいたしますので、どうかお時間をいただければ……」
『そうね……そう、遅れてきた娘の反抗期、かしらね。
私も子離れしないといけないみたい。
……どうか、娘をよろしくお願いします』
「ええ、私が責任を持って娘さんをお預かりします。
それでは……失礼しますね」
……通話ボタンを切る。
緊張が解けてどっと疲れが出てきた。
普段はしないことをしたから、軽く目眩がするほどにストレスが溜まった。
「いや〜……浅海劇場、て感じだったね」
「……もう金輪際こんなことはしないからな」
お風呂から出てきた柳城が途中から横で俺の説明を聞きながら、所々笑いを堪えているのが見えて、集中力を奪われたが。
とりあえずは、柳城の気がすむまでの時間は稼げそうだ。