第四十三話 長い髪
髪を切ってほしい。
そう言われて、かなり悩んでしまう。
そもそも女性の髪には明るくないのだが、柳城のように長く伸ばすのはそれなりに年数がいる筈だ。
それをバッサリと素人の自分が切るなんて、正直恐怖すら感じるお願いである。
「…いいのか?」
「むしろ邪魔でしかないんだよね。お母さんに言われたから長く伸ばしてたけど、暑いし手間はかかるしで面倒このうえなくて」
お母さんの指示で、ということはつまりは柳城の髪型はそのまま蘭子さんの意思が反映されているということだろう。
それを切ってしまったら、またあの人を傷つけることになるのではないだろうか?
「約束、でしょ?連絡先教えたから」
「…ああ、仕方がない…か」
けれど、状況としては背には腹は変えられない。
こちらも腹を括って、なんの変哲もない鋏を持ってお風呂場に急いだ。
お風呂用の椅子にタオルを敷いて、肩にバスタオルをかけて毛が服につかないようにする。霧吹きのような気が利いたものはないので、濡れタオルで少し髪を湿らせて纏めてみる。
柳城の髪は、軽いウェーブがかかったふんわりとしていて薄く茶色みがかかっている。
鋏をかけるために後ろから近づくと、シャンプーの匂いだろうか、どこか良い匂いがした。
今からこれを切らなければならないとなると、他人事ながら勿体無く感じてしまう。
「どれくらいの長さにしたいんだ?」
「祐介ぐらい短くていいよ」
いや、それだとほとんどベリーショートになってしまう。
苦心した結果、携帯でセルフカットについて調べて、それを参考にしてショートヘアにすることにした。
漉き鋏というのがいいらしいのだが、生憎とそんなものはないので、出来る限り丁寧にやるしかない。
「失敗しても恨むなよ」
「そうなったら髪が伸びるまで祐介の家にお泊まりだね」
もはや失敗が許されなくなった状態で、その輝く髪の毛に手をかける。
ふんわりとサラサラしたとても良い手触りのそれを、今から切り捨てると思うと心が痛んだ。
ちょきん、ちょきん…と一房ずつ…いや一本一本に神経を集中させて髪を切っていく。
最初は大まかな長さに切って、後から段々と層になるように髪を整えた。
「はぁ…ど、どうだ?」
「うーん…?正直な感想でいいかな?」
全ての作業が終わり、お風呂場の鏡と手鏡を手にして柳城が出来を確認する。
「60点…ぐらいかな」
「あ…赤点は免れたようでよかった」
「いやいや…これは純然たる大失敗ですよ」
ちっちっちと指を振って、柳城が上機嫌に微笑んだ。
「これはもう、髪が元の長さに戻るまで家に置いてもらわないといけませんなぁ」
勘弁してくれ…と流石に声に出て、あはははと笑われた。