第四十話 親子喧嘩
夕立の降るジメジメとした夕方。
ただならぬ様子の柳城を一旦部屋に入れて、いつかのようにお茶を淹れる。
本当はホットミルクを淹れて、温かいシャワーでも浴びてもらったほうがよさそうだったが、今の状況ではそれは難しいように思えた。
「柳城、とりあえず身体を温めたほうがいい。
お前が嫌じゃないならシャワーも使えばいいから」
「うん……ありがと。ちょっとシャワー借りるね」
こちらの裾を掴む柳城を連れて、そのまま風呂場へと案内する。
「……一人で、入れそうか?」
「……うん。今は一人になりたい気分かも。
ほんとにありがとね。こんなに良くしてもらって」
どう見てもボロボロの柳城を一人にするのは心配だったが、本人の意思を尊重すべきだと思った。
その間に自分の少ない服を片っ端から取り出して、どうにか柳城でも着れそうなスウェットを見つけた。
脱衣所の前でそれを置いておこうとする。
「柳城。タオルと……俺の服で悪いけど、着替えを用意したから。たぶん腰回りとかは調整できると……」
すると脱衣所の扉がガラッといきなり開く。
当然だが、柳城は何も着ていない全裸の状態だ。
「ッッ?!ご、ごめん。服は、ここに置いておくから、
きちんと身体を拭いておけよ」
一瞬だが見えてしまった柳城の一糸纏わぬ姿に動揺しつつも、その場を急いで退散する。
すると小声だが、はっきりとした声が聞こえた。
「……ほらね。……祐介は大丈夫だもん」
先ほどの光景をフラッシュバックしながら、ドキドキとした鼓動を必死で抑えて、なるべく温くなるようにお茶を注ぐ。
(さ、さっきのはどういう意図だったんだ……?)
少しだけだが、見えてしまった柳城の身体が脳裏を離れない。白く艶のある肌。小さな顔立ち、緩やかなウェーブの茶色みがかった髪。女性らしい柔らかな肢体。
小さな身長と、少し不釣り合いな大きな乳房
そして、自分にはない部分。
(柳城は……母親と喧嘩して、自暴自棄になっているのかもしれない)。
そうなると、彼女の気分を落ち着けるまでは、
それなりの時間がかかりそうだなと感じた。
それにそもそも喧嘩の原因が俺にあるので、柳城の家に連絡するのは少し待ったほうがいいかもしれない。
「お茶、淹れてくれたんだね。ありがとう」
「!……あ、ああ……一応温めにしてあるから、ゆっくり飲めよ」
いつの間にか近くまで来ていた柳城にお茶を手渡し、リビングの椅子に向かい合って座った。
髪は生乾きでボサボサとしていて、普段の柳城とは全く印象が異なり、弱々しく見えた。
「……何があったか、聞かないの?」
「いや……今は良いかな。……柳城が落ち着くまで、
俺ができることがあれば言ってくれると助かる」
「そうだなぁ……そうだ。何か美味しいご飯が食べたいな。
……うん、祐介の手作りが食べたい」
「わかった……けど、そうなると材料を買いに行かないと行けない。……一人にしても良いか?」
柳城はうーんと考え込んだ後にわざとらしくにへらぁと笑った。
「うん。今は一人で泣きたい気分かも。
お買い物もゆっくりでいいから。
……その代わりに、唐揚げも作ってくれると嬉しいかな」
「わかった。たぶん3時間ぐらいかかる。
……家の中のものは好きに使って構わない」
いってら〜と無理しておどけてみせる柳城を心配しながらも、今の自分にできることはそれぐらいなので、急いで傘を差して外に出た。
夕立は、土砂降りになって随分と長い間降り注いでいた。