第三十八話 家族喧嘩
朝目覚めると、柳城の泣き腫らした顔が目の前にあって、驚いてすぐに眠気が吹き飛ぶ。
自分の体勢をよくよく確認すると、二人で抱き合って脚を絡めているようだ。それに柳城のはだけた浴衣から、ちらりとフリルのついた下着が見えてしまったので、この状態で起きてしまわれるとかなりまずい。
今だに寝息を立てている柳城を起こさないように静かに身体を起こして、そのまま顔を洗った。
先に起きたのが俺で良かったかもしれない。
男性特有の昂ぶりを見られることがなくて。
「ん……?おはよう。アレ?なんで裕介がいるの?」
「おはよう。柳城。とりあえず顔を洗ってきたほうがいいぞ。俺と同じで涙の跡が残ってるから」
「…………あっ、そ、そうだったね……。
か、顔洗ってきます……?なんでこっちみないの?」
わかってたけどやっぱり気づいていないようなので、指摘をせざるを得ない。
「……寝てるときに服が乱れるから、直しておいたほうがいいぞ」
「あっ……な、何から何までどうも……」
寝室の扉がピシャリと閉められたので、顔を背けておいて正解だったようだ。
その後は二人で朝の身支度をして、のんびりと寛いでいると、中居さんが朝食を持ってきてくれた。
予想通りの量と質だったものの、昨晩は色々と精神的に疲れていたせいか、はたまた泣いてスッキリしたせいか、二人とも全て美味しく頂くことができた。
「それで……どうする?柳城がよければこの夏はずっとここで過ごすこともできるけど」
「……やっぱりちょっと、家に帰りたいかなって。
来る前は海で遊ぶぞー!とかはしゃいでたけど。
今になって思うとたくさん男の人がいると思うし」
「そうか……俺も安宿で気軽にだらだらする予定だったから、完全に予想外って感じだ。
……もしかすると、事あるごとに浅海の家に呼び出されるかもしれないし」
帰ろうか。という二人の意見が一致したので、信行さんに連絡をとって、今日で最上院学園へと帰る旨を伝えた。
信行さんは昨日の今日で帰ると聞いて、残念そうにしていたので、柳城が熱中症になってしまったとウソをついた。
『そういうことなら仕方がない。早く柳城さんのご家族に連絡をとって、ご実家で休んでもらいなさい』
「はい、そうします。
信行さん、今回は色々とおもてなしいただき、
ありがとうございました。今後もよろしくしていただければ幸いです」
『相変わらず固いなぁ祐介くんは。
家族のことなんだから。遠慮しなくていいよ。
それと……』
「……はい?どうかしましたか?」
『義次のことだけど……昨日、宮子さんに君たちに会ったことを告げ口したようでね。どうやらろくに挨拶もしなかったとか言ってるらしいじゃないか?』
「ええ……柳城が体調を崩してしまいまして」
『んふふ、そうか。それでこれはうちの従業員から聞いた話なんだけど……。
義次が、柳城さんに色目を使ったっていうのは本当かい?』
「それは……」
つまりは、そういうことなのだろう。
信行さんは第一夫人の月子さんの娘と結婚した入婿。
対して義次さんは第二夫人の宮子さんの息子だから。
彼が三郎さんに気に入られている、俺の彼女にちょっかいをかけたとなれば、目の上の厄介なコブを取り除ける。
「ええ、信行さんの言う通りです」
『……だと思ったよ。
そこらへんのわだかまりも、こちらできちんと解いておくから安心してくれたまえ。
……いい加減、うちの店にも苦情が来てるしね』
それじゃあね。正月にはきちんと顔を出しなさい。
もちろん、柳城さんとも一緒にだよ。
と言って電話が切られた。
「信行さん、大丈夫そうだった?」
「ああ。色々と上手くやってくれるらしい。
切符の分は後で領収書を俺の方から送っておくから問題ない」
「色々と迷惑かけてばかりだな……。信行さんって本当に良い人だよね」
「……味方にすると、だけどな」
?と首を傾げている柳城は置いておいて、
今度はお正月か。と少しうんざりした気分になった。
たった1日の間に、色々なことがあった北海市への旅行も終わり、見慣れた最上院学園附属高校の最寄駅へと到着する。
予定とはかなり違ったため急な呼び出しになってしまったようだが、駅からは柳城の母親が彼女を迎えに来るらしい。
駅に併設されているカフェでゆっくりと旅の疲れを癒しながら二人で待っていると、どうやらお目当ての人物が来たようだ。
「あ、お母さん。こっちこっち」
「愛美ちゃ〜ん、やっと見つかったわ!
えっと……? その男の子は、どなたでして?」
「ああ俺は……」
柳城がしまったという顔をするので、言葉が途切れてしまう。すると柳城の母親と思しき女性は、こちらを見て驚いた表情になる。
「もしかして、浅海さん……だったりしますか?」
「ええと……そう、ですけど」
すると、柳城の母親は沸々と顔を赤らめると同時に、柳城の両肩をガシッと掴んだ。
「どういうことだか、説明してくれるわよね?愛美?」
その鬼気迫る雰囲気と、柳城のあたふたしてる様子で察してしまった。
これは、また何か厄介ごとが起きているな、と。