幕間その5 浅海三郎の謀
丁寧なお辞儀をして儂の義息……祐介が部屋を後にしていく。そしてそれに縋るようにして柳城愛美という小娘もまた、逃げるように儂の前から姿を消した。
「げほ……ふ、ふふふ……いや、なかなかに面白いものを見た。愉快、愉快」
「……随分と愛美さんをお気に入りになられたんですね? 三郎さん」
「ああ、そうだ理華、あれは良い。我が息子に相応しい女だ」
横に侍らせた理華が少し怪訝な表情をして儂の顔を窺ってくる。同じように信行もまた何故かと理由を聞きたそうにしている。
「あれの言葉……祐介とずっと仲良くしていたい。だったか? ……全く嘘偽りのない言葉だった、目を見ればわかる。つまりはあれには今の状態をこそずっと続けたいと本心で思っているのだ」
「ふむ……? 確か彼らは未だに恋仲ではないと推察してましたが、それ以上は進展を望んでいないと?」
信行が首を傾げて疑問を口にする。
儂としてもそこが引っ掛かるところではあるが、まあそれはそれとしてもこちらとしては都合が良い。
「だがな、あれはその裏で祐介と更に親密になりたいと、ひしひしと伝わってくるのよ。
面白いおなごじゃ。矛盾しているようで祐介を想う気持ちには偽りなどないのが良い」
「でしょうねぇ……祐介も祐介で、愛美さんのことを憎からず思っているようだし。あの子にしては本当に珍しいことに」
ふふふっと理華が笑う。その笑顔を見ると愛しき月子のことを鮮明に思い出せて、やはりこの女を側に置いておいてよかったと思えた。
「……お義父さん。改めて聞きますが、今後は愛美さんを祐介くんの嫁とする方針でよろしいでしょうか?」
「そうしろ。金目当ての女なら祐介に適当に遊ばせた後に縁を切らせる算段だったが、ああいう女なら儂も満足だ」
「私にも娘ができるのね。嬉しいわ三郎さん」
理華は儂に枝垂れかかりにこやかに微笑む。
できた女だ。事情がどうであれ儂の気を持とうと強かに、常に考えつつ行動しているのがわかって良い。
「……はじめは再婚するなどと聞いた時には何事かと思いましたが、全て上手くいっているあたり流石という他ありませんね」
「たわけ、儂を誰だと思っている。
……宮子には少し灸を据える必要があったのでな」
現在の浅海グループは……表向きの代表は本家直系のこの男、信行が中心となって動いているものの、宮子やその息子たちが率いる分家筋の力が年々増しているのが問題だった。
このままでは儂の死後に本家筋が力を失ってしまうと危惧した時に亡き最愛の妻、月子にそっくりの理華と出会い、これを幸いと自身が呆けたことにして宮子との離婚を行い、理華を中心にして信行を更に擁立したが……これで上手くいく。
「ゆくゆくは……私の意思を継がせた祐介くんと、その子供たちが浅海家を主導していくということですね」
「うむ……それで良い」
祐介は我が息子、孝春に似てどこか気難しい男だ。
儂のことを憎んでいるのだろうが、儂としてはそんなことをおくびにも出さない胆力とどこか隠しきれない人の良さを気に入っている。
(儂の跡を継ぐものに必要なのは儂の血ではない。
信行のように優秀な人材か、祐介のように有望な若者よ)。
くくく、と思わず笑みがこぼれてしまう。
何事も自分の思い通りに事が進むと気分が良いものだ。
「後は腐った果実を捨てるとするかのう。信行、手筈は?」
「滞りなく」
「結構。アレもいい加減に仕置きが必要なのでな」
謀はやはり楽しいものだ。それが上手くいけば尚更のこと。そうして今後のことを更に考えて信行らと話すうちに、夜は暗く深く闇を濃くしていった。