第二十六話 買い食い
その後も柳城の謎の行動は毎日続いた。
正直困惑しかないからやめていただきたいのだが。
「あ、浅海くん。おはよう」
「……おはよう。柳城」
……最近ではこちらに慣れてきたのか、最初の頃にあったどもりも無くなって、さらに気安くなっている。
クラスの中でも、初めの数日は奇異の視線があったものの、しばらくすると何か生暖かいものを見る目に変わっていった。
「あれ?木石くんは?あの人いつも浅海くんと一緒じゃないの?」
「ああ……アイツなら何やら他に興味が移ったみたいだぞ」
そうして木石の方を見ると、何やら他クラスの女子と話しているらしい。最近になって木石が突っかかられてるのをよく見かけるので、まあご愁傷様と言ったところか。
人のことを面白がって見ているからそうなるのだ。
「ふうん……そうなんだ……。
ねえ……正直な話、木石くんってどんな人なの?」
「けっこう嫌なやつだと思う」
「……え?友達じゃないの?」
「アイツとは飯を食べたり授業でペア組んだりするだけの仲だからな……」
……? それって友達じゃないの……?と柳城が考え込んでいる。ちなみに柳城と木石の相性は非常に悪い。
柳城は木石と会話するときにはどもりまくるし、木石は木石でズケズケと疑問を口に出して答えにくいことまで聞くものだから避けられているのだ。
「じゃ、じゃあさ。わたしは……」
「柳城が……なんだ?」
と言いかけて口をつぐむ。
ちなみに柳城が俺に話しかけてきた理由は数日経った今でも謎のままである。時おりこうして長い読み込み時間のような思考が入るので付き合いにくい。
「……なんでも、ないです……。
あ、授業の準備しなくちゃ。じゃあね」
「おう、予習は大事だからな。」
後5分ぐらい時間あるし。と言いかける。
どうも柳城は会話そのものが得意ではないらしい。
こちらもそんなに会話が好きではないので、基本的に適当な会話の後にどちらも携帯を弄りだすのが俺たちの日常になっている。
……携帯を弄ってるように見せてチラチラとこちらの様子を伺っているのは、どうにかならないものかと思わなくもないのだが。
その日もまた、会話がろくに無い昼食を食べて、放課後になり、さあとっとと帰ろうとしたところを呼び止められた。
「い、一緒に買い食いしよう!」
……また妙なことを言い出したな。
というか唐揚げの件といい、この人わりかし腹ペコキャラなのか?それとも文字通り味をしめたのだろうか?
「言っておくけど、奢ったりはしないぞ」
「奢り……?ああ、うん!お金が無いならわたしが奢るよ。
こう見えてけっこう貯めてるからね。遠慮なく食べていいよ」
むふーっと胸を張っている。……これはどうでもいい情報なのだが、柳城は出るとこ出てて締まるところ締まっている。男子たちが下世話なトークの話題にしているのを聞いたことがある程度には
「……夕飯が食べられなくなりそうなんだけど」
「またまたぁ、私と違って男なんだしちょっとぐらい大丈夫だって。もし食べきれないならわたしと半分こすればいいし、一緒に食べよう?」
行こう行こうと駄々を捏ね始めている。
いや、柳城は少食だからほぼほぼ食べるのは俺だけだろう。今日の弁当は食べ切れないって少し残してたぐらいだし。
というかそんなに買い食いに魅力があるのか?
「……わかった、わかったから駄々をこねるなよ」
「行ってくれるの?やったぁ!コンビニ楽しみ〜」
そんなにコンビニでご飯が食べたいなら1人で行けばいいのに……とは思ったものの、口には出さずにウキウキの柳城の後についていった。
「おお……ここがコンビニ……」
「……待て、コンビニ入ったことないのか……?」
実はそうなんだよね〜という衝撃の告白。
現代日本においてコンビニを使用したことのない人間がいることに少なくない驚きを感じながら、そのまま店内へと入っていく。
「……おお……CMで見たやつだ……!」
「たぶんお前ほどコンビニのことを特別視してるやつはいないと思うよ」
柳城がうろちょろとコンビニの中を歩き回る。全体的に小さいので迷いこんだネズミのようだ。正直恥ずかしいので是が非でも止めたいのだが、関係者と思われたくもないという羞恥心もある。
「あ!見て見て!唐揚げ!唐揚げ美味しそうだよ!」
「お前のその唐揚げに対する情熱はなんなんだ」
レジの横の唐揚げパックを見て感嘆の声をあげている。
レジの人もなんだこの子……と驚きの混じった目を向けないように必死なようだ。
「あー……わかったわかった。
買ってやるから騒がないでくれ頼むから。
……すいません、唐揚げ一つ。」
「あー!待って待ってわたしが買う!
コンビニで買い物してみたかったから!」
横から入り込まれて代金を出しはじめる。
頼むから静かにしてくれよ……。
後ろに並んでるおばちゃんのあらあらって目線が辛いから。
つつがなくコンビニの店員から唐揚げを受け取ったのを確認して、急いで店の外へと連れ出した。
「子供じゃないんだから……あんまり騒ぐなよ……」
「ご、ごめん。はじめての体験でテンションあがっちゃって……。あ、でも唐揚げいい匂いだよ」
美味しそーと明らかに反省していない様子である。
もうどうにでもしてくれ……と諦観を込めた視線を送るものの、気づいていないようだ。
「それじゃ早速……いただきます。」
はむはむと一つの唐揚げを爪楊枝で刺してかじって食べはじめる。これパックの唐揚げ全部を食べ終わる頃には冷めてしまいそうだな。
「美味しい……けど、正直浅海くんの唐揚げのほうが美味しいね」
「企業努力の結晶でほかほかなのにか?
……俺のほうが味付けが濃いのかな?」
「……うう、真に申し訳あげにくいんだけど……」
爪楊枝が一向に動かないあたり、どうやらただでさえ少ない胃の空き容量が無くなったらしい。
「……わかった、わかったから。
少し待っててくれ。爪楊枝を買ってくるから」
「? いらないでしょ? はいコレ使ってよ」
いやそれは……と言いかけたものの、まあ本人が気にしてないならいいかぁ……と半ば投げやりになってそのまま爪楊枝を受け取り、唐揚げを食べた。
うん。やっぱりこっちの暖かいほうが弁当箱よりは美味しい気がする。
その後は親の迎えを待つ必要があるとのことで、学校までの少なくない距離をまた戻る羽目になった。
おかげさまで、唐揚げの分は消化できたと思いたい。