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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第五章 日常の侵略者
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第二十三話 6月の転校生


 6月は嫌いだ。


 4月からの新生活が一旦落ち着いてくるとともに、それに慣れなかったものたちが目に見えて浮き彫りになる。

5月まではまだなんとかグループが作られていないが、始まってもう2ヶ月ともなれば大方の人間はどこかの誰かとつるむようになる。



「や〜浅海(あさみ)くん。今日もなんだか元気が無いね

きちんと朝ごはん食べてるかい?」


「……それは遠回しに俺の容姿をバカにしてるのか?」


「んん……そう悪く捉えないでくれよ浅海くん。

僕としては君のその変わらないどんよりした感じがとても好感が持てる要素なんだからさ。」


「……いつも通り、よくわからないヤツだな。」



 木石幸平(きいしこうへい)、何故だか自分に絡んでくるお調子者。

俺は入学当初から誰に対しても素気なく接していたのだが、こいつだけは懲りずにずっと絡んでくる。

……とはいっても別に共通の話題で盛り上がるとかはほとんどない。ただ休み時間に一緒にいて食事を取るだけの仲である。後はたまに体育のときにペアを組む程度か。

現に、今は携帯をたぷたぷと弄っておりまるでこちらには関心が無い様子だ。



「そうそうあのウワサ、君は聞いたかい?」



 唐突に木石がこちらに話題をふってくる。

……噂話をするような関係の人間はほとんどいないのだから、この質問はまったくの無意味なのだが。

それを察したのか、いかにも野次馬根性丸出しといった調子で続ける。



「先日、こことは違う制服の生徒が出入りしてたって話。それもそのはず先生方によれば、転校生が来るかもしれないって噂」


「……6月に? 随分と突然じゃないか?」


「そこ! そこなんだよ浅海くん。つまりはね。その生徒はこんな中途半端な時期に転校せざるを得ないような何か事情があると僕は睨んでるんだ。……ちょっとおもしろそうじゃない?」


「面白くはないだろうな。あまり詮索してやるなよ」


「君は良識派だね……だけどね。たぶんほとんどの人は心の中でその訳を知りたがってるはずさ。

人間の好奇心というものは、特に醜聞であればより鋭敏に働くものだよ。じきに判明するだろうけど、興味深い内容だといいねぇ」


「たとえば?」


「すぐに思いつくようなことじゃつまんないんじゃないか……予想外のことが起きるのを僕は期待してる」


「……勝手にしてくれ。俺はどうでもいいからな」



 もちろん好き勝手にやるさ!となんとも楽しそうである。

……木石幸平は話してわかる通り、どちらかと言うと好感が持てるような人物ではない。

入学当初は軽妙な語り口とその豊富な知識から周囲の関心を集めていたものの、何かと首を突っ込んではただひたすらに掻き回すような、厄介な性格が露呈してからは急速に人が離れていった。


 自分がこいつと話しているのも、あくまでこちらが不干渉を貫いているからである。


 出会って早々に

「君はどうして友達を作ろうとしないんだい?」

とぶつけられた時には正直こいつマジかとは思ったが。




 そんな会話をしていると予鈴が鳴り朝の集会が始まる。

すると担任の矢車先生が何故だか机と椅子を持って教室に入ってきた。そしてそのまま机を教壇の近くに置く。

周囲がざわつき始めると、それを制して担任が続ける。



「今日は重大な連絡事項がある。

……この1-5に転校生が入ることになった」



 するとおそらく噂を知っていたであろう生徒を中心として、クラス中が騒ぎはじめた。

転校生なんて非日常は学生にとっては一大イベントだろう。そうなるのも無理はない。



「静かに! ……自己紹介をしてもらおう。入ってきてくれ」



 担任が扉のほうへと声をかける。しかし、何故だか反応は無い。どうしたのだろうと皆が訝しむ。



「……少し待っててくれ。なにぶん恥ずかしがり屋な性格なんでな」



 すると、担任が一旦教室外に出て何かしら廊下で話し始めている。自分が最前列の中央にいるからチラリと見えるのだが、どうやら転校生は女子生徒のようだ。加えて保健室の養護教諭の先生が付き添いで来ているらしい。


 すると……ようやく踏ん切りがついたのか、件の生徒が教室に足を踏み入れてくる。


 瞬間、教室の空気が変わったように思えた。



「あー……彼女は親の都合でこの学校に転入してきた。人見知りな性格だから皆で協力して新生活に慣れるように手伝ってくれ。……柳城(やなしろ)。挨拶を頼む」



 柳城(やなしろ)、と呼ばれた女子生徒が俯いていた顔を少し上げる。

髪の毛は茶色がかったふんわりとしたパーマで、たぶんお嬢様結びと呼ばれるまとめ方をしている。

顔立ちは幼く、おそらくは150cmほどの身長と相まって全体的にまるで中学生のようだ。

それに慣れない少し大きめの新しい制服を着ているためかブカブカでそれも含めてとても同い年とは思えない。



「わ、わたしは、や、柳城……。

すぅ……柳城、愛美(やなしろ まなみ)と言います。

こ、これから、よろしくお願いします……」



 か細い声。最前列の自分ですら少し聞き取りにくく感じるほどの声量だ。きっと中列以降は聞こえていないだろう。

それを見かねたのか担任が黒板に名前を書いて、もう一度挨拶をするように促した。次はもっと顔を上げてみてくれ、とアドバイスを加えて。


 背伸びして黒板にかわいらしい丸っこい字が書かれていく。やっとのことで書き終えると黒板から向き直って、何かを決心したような顔で改めて自己紹介を始めた。



「わ、わたしは! 柳城愛美(やなしろまなみ)と言います! 皆さんこれから、よろしくお願いします!」



 と、必死な様子で言い切ると、ううぅ……とうめいてまた俯いてしまった。



 すると……どこからか声が漏れてきた。




「…………かわいい…………」



 それを皮切りに皆が口々にひそひそと声を漏らし始める。主に声を上げてるのは女子だ。

男子の声は聞こえないがソワソワとした雰囲気は伝わってくる。



「え、なんかめっちゃ可愛くない? お目目ぱっちりまつ毛長すぎでしょ」

「お人形さんみたいな人って本当にいるんだ……」

「顔ちっさ……声かわいい……ほんとに同い年……?」



 再び、静かに!という担任の声が響いたが、生徒たちの興奮は冷めやらないようで依然としてひそひそとした声がする。



「……あー……柳城が新しくクラスに入ったからな。

ついでに席替えを行おうと思う。

くじを作ったからみんなで引いてくれ」



 そうしてクラス中が妙に浮き足立ったまま、席替えが行われた。



 ちなみに俺の席は窓際最後列になった。

日当たりが良くて風通しの良い好きな位置だ。

柳城に感謝しておこう。


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