第一部エピローグ
「なあ留木、お前あの凛堂さんと付き合ってるって本当か?」
今日何度目かの質問に少しうんざりする。
人の噂というのは広まるのが早いようだ。
それも学校でも有名なアイドル的な存在の恋バナならばなおさらなのだろう。そして、話題のカップルのうち片方が学校に来ていないとなれば質問が集中するのは当然だった。
「……ああ。そうだよ。俺は四葉さんと付き合ってるよ」
「本当かよ?! 凛堂さんって言えば、新入生に向けた挨拶でみんながいいなぁって見てた人だぞ。よく付き合えたなぁ、いやすげえよ」
……厳密にいうと付き合っているわけではない。
四葉さんとの関係は、あの病院での出会いの日から変わっておらず自分の中ではお世話係のつもりだ。
けれど、ここまで噂が広まってしまっている以上もはや弁解することはできないだろう。
「んで? どうやって付き合ったんだよ?
頼むから馴れ初めとか聞かせてくれよ〜」
「……夏休みの初日に事故に遭ったところを俺が助けたんだ。それから話すようになって、って感じかな」
なんだよそれ、めっちゃ運命的じゃねえか。
俺もそんなふうに運命の出会いをしたいなぁ。
と友人が感想を漏らす。
ウソは言っていない。
だが、決して真実ではない。
「あー……じゃあ凛堂さんが学校に来てないってのは? その事故で?」
「そういうことだよ……俺も事故で肩を壊したし。
これからお見舞いに行かなきゃいけないから、じゃ」
お幸せに〜っと背中に声がかかる。
……本当のことを知ったら、彼はどんな顔をするのだろうか?
まあ、結局こんな荒唐無稽な話、誰にも信じてもらえないだろうけども。
「四葉、調子はどうだい?」
もう通い慣れた病室に入ると四葉さんの満面の笑みで迎えられる。まだまだ骨折した骨が癒合してリハビリするまでの期間はあるようで、あと2ヶ月ほどは病院暮らしだそうだ。四葉さんのお母さんのためにも、早く怪我が治ってほしいと思う。
「四葉、堂家さんが心配してたよ。
早く俺と四葉の二人連れが見たいって言ってた」
四葉さんは特に大きな反応は見せず相変わらずニコニコとしているだけだ。……最近わかったことだが、四葉さんは他人に対しての関心が薄いのでは無いかと思う。
もちろん俺に対してはまるで恋人のように振る舞うのだが、自分の父親や母親に対しても沢山の友人に対しても、対応は特に変わらないように見える。
これは自分の勝手な予想だけれども。
この人には隣に並び立てるような対等の関係になるような人がいなかったのでは無いだろうか?
なまじ才能に溢れていたために本質的な部分で心を通わせることができる人を見つけられなかった。
……それが今回の事故につながった。
自分の身を削ってでも、自分と対等な関係になれる人を作り出したかった。
そう思うと……案外、寂しい人なのかもしれない。
四葉さんの手をとる。思えば自分の意思で四葉さんに触れたのはこれが初めてかもしれなかった。
「四葉、君を決して一人にはしないよ。
この身をかけて、一生かかってでも君が幸せになれるように頑張るから。
……だから、もう自分の身を傷つけるようなことはしないでくれ」
四葉さんは、一瞬ぽかんと驚いた後に少し複雑そうな顔をして、けれども最終的には笑顔になった。
ああ、四葉さんも驚くことがあるんだな。
そんな場違いな感想を抱きながらも自分の決意を違えないように、ぎゅっとその小さな手を握った。
第一部 留木京治と凛堂四葉編 終了です。
次回からは第二部となり、新たな視点での物語が始まります。
彼らもまた、独特な恋愛観を持った人物たちです。
よろしければお読みいただければ幸いです。