第二十二話 凛堂四葉
取り止めのない日記 この人は駄目だった、あの物語はつまらなかったという記述が続いたかと思うと、日記の最後あの事故の数日前の記述にはただこう書かれていた。
『気になる人を見つけた。あの坂で待ってみよう』
それを見て、ゾクっと怖気がしたと同時に、全てのパズルのピースが綺麗にはまったような気がした。
つまりは、そういうことのか?
あの日の事故は、偶然ではなく……。
考えると、いくつか心当たりがある。
何故あの日、木陰の暗がりに四葉さんがいたのか。
何故あの日、四葉さんは黒い服を着ていたのか。
何故あの日、あの時あの場所にいたのか。
……何故あの日、俺の自転車のライトが故障したのか。
ふと、視線を感じて目を向けると、そこにはいつものようにこちらを見つめる四葉さんがいた。
薄暗がりの中、瞳孔を大きく広げてじっとこちらを見ている。
「四葉さん、教えてください。あの日の事故は……」
とふと我に返る。
……そもそもこの人には説明などできないのだ。
彼女は言葉を失っているのだから。
日記に書いてあることは、別の人のことかもしれない。
けれども、状況としてはこういうことなのかもしれない。
一目惚れしたから事故の慰謝料等を免除して、相手を自分のお世話係にしたのではなく、
そもそも、自分の側に置いておくためだけに事故を起こして、慰謝料をふっかけた。
相手を加害者にして、自分を被害者にすることで、無理やり相手の弱みを作り出した。
……いや、そんなことがあるのだろうか?
現に今、四葉さんは大きな怪我を負って、その後遺症に苦しんでいる。見ず知らずの他人にそんな大きなリスク。
下手をすれば自分の命をもかける必要があるのだろうか?
もしかすると、自分のように責任をとろうとするまでもなく、逃げてしまう可能性だってあるのに。
それに、そうまでした結果が赤の他人を……
通りがかっただけの相手を側に置いておくことだけなんて、全く理屈に合わない話だ。
はっきり言って、常軌を逸している。
……けれど。今までの四葉さんの行動を考えると、それぐらいのことはしかねないとも思えた。
四葉さんが俺を好きになった理由は……
偶然、あの時間に俺があの坂を下っていたから。
そう考えると、全てのことに合点がいった。
「四葉さん、あの事故は、本当に……」
「………………」
「事故、だったのか?」
当然だけれども
四葉さんは答えることはなかった。
ただいつかのようにくすくすと微笑みを浮かべて、
頬に手を添えてゆっくりと口づけをした。