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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第一章 留木京治のお話し
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第二話 留木京治


 話は遡って夕方頃に戻る。

俺は野球部の監督にお叱りを受けていた。



「留木、お前は筋が良いが意欲に欠ける。

もっと勝つという気持ちを込めて投げ込め!

今のままじゃまだまだ気合が足りないんだよ!」


「……すいません、明日はもっと頑張ります」



 お前には気合が足りないんだ気合が!と何度も叱責を受けて少しうんざりする。俺としてはそれなりに頑張っているつもりなのだが、まだまだ意欲が足りないらしい。


 とぼとぼとグラウンドの清掃をしようとして体育倉庫に向かうと、同級生に声をかけられた。



「留木、災難だったな。監督ももう少し技術面でアドバイスしてくれれば良いのにな」


「そうだな……。気合いがー!って言われても出来ることには限りがあるし、難しいよ」


「……なあ留木、怒られたところで悪いんだけど……」


「……バイトか? 俺がお前の分まで片付けといてやるよ」


「悪いなぁ留木! お前やっぱ良いやつだわ!」



 ありがとなー!と言って友人が駆け足で部室へと急いで帰っていく。あいつは何かと俺に後片付けを押し付けるので、今日もか……と嘆息した。


 しかし、気合いが足りないというのは確かに的を射た指摘かもしれないと思ってしまった。


 俺、留木京治には情熱というものが欠けているのだ。


 今の野球部も幼い頃から父親にずっと野球をやらされていたから特に悩むこともなく入った。

それに別に野球が好きというわけでもない。周囲からは才能があると言われるし、ピッチャー候補にまでなってはいるものの、自分の中ではどこか冷めたものがあるのだ。


 たぶんだけど……俺は親にサッカーをやれと言われたら、高校からでもサッカーをやっていたかもしれない。

それぐらいに俺という人間には自主性というものが欠けていて、優柔不断なところが自分の欠点だと思っている。



 掃除が終わりどっぷりと日が暮れたところでようやく帰路に着くことができた。

自転車置き場で自分の自転車のライトを点けて走り出そうとするが、何故だか光が灯らない。



(だいぶガタがきてたしな……そろそろ買い替えないといけないかもしれないな)。



 俺の家は決して裕福ではないので、自転車もできるだけ修理して使っていかなくてはならない。


 今の高校……私立最上院学園附属高等学校にはスポーツ推薦で入ることが出来たが、もしそうでなければ公立校に入っていただろう。

俺としては親に勧められて入ってこの高校よりも、もっと家から近い場所にある手頃な学校のほうが良かった。


 しかし俺は親に反対せずにそのまま自分の意志を出さないでこの高校に入った。優柔不断な自分に嫌気が差すが……それでもあまり気に病んでいないのが現状といったところだ。



 俺の高校は丘の上にある。だから帰り道は下り坂で楽だし行きは上り坂でウンザリしてしまう。


 周囲には住宅街が広がっていてどうやらそれなりに裕福な人が多く住んでいるようで、どの家も立派で街路樹の手入れも綺麗にされている。


 街灯の灯りでそこまで暗くは感じないもののやはり陽の落ちた後の帰り道はかなり暗く感じた。自転車のライトが壊れていなければもっとマシだったのだけれど。



(やる気か……そういえば中学の時にも言われたな。

お前の球にはどうも執念が感じられないって)。



 監督から言われたことをぼんやりと考える。

行き交う車の明かりと街灯の灯りの下、夏の熱気で茹だる夜はどこか輪郭がぼやけて行くように感じられた。


 たぶん、それがいけなかったんだと思う。

俺は周囲への注意を怠ってただ自転車のペダルに足を乗せて進んでいた。まるで俺の今までの人生のように。



 不意に、目の前に黒い何かが横切った。



「っっっ!?? ぁっ!?」



 声にならない驚きが口から漏れて反射的にブレーキを踏み込み、直後に感じたことの無い衝撃で視界が回る。


 何かにぶつかった衝撃で俺の身体は自転車から投げ出されて、そのまま宙を待って固く黒いアスファルトへと堕ちていく。


 この時に頭から落ちていればもしかしたら俺も大怪我をしていたかもしれなかった。けれど俺の身体は咄嗟に受け身を取ったようで、腰を強かに強打したものの無事に五体満足で生き残ってしまったのだ。


 そう、生き残ってしまったのだ。



 俺はできるならば……この時にもっと大きな怪我をしたかった。


 後になって思うがこの時にもし受け身を取り損ねていたとしたら、それが少しでも彼女への償いになったかもしれない。然るべき罰を受け損ねた俺は、この後もずっとずっとその機会に恵まれることがなかった。

 

 そしてそれこそが、俺を今でも責め苛む苦痛の原因になるのだ。意志薄弱で優柔不断な俺にも、この時からは自分の中に譲れないものが出来た。

それは……罪悪感という、重い十字架だった。


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