第十五話 堂家さん
四葉さんのお父さん、智樹さんはできた人だ。
あの四葉のクローバーの一件以来、連絡先を交換して四葉さんとの交流をフォローしてくれている。
四葉さんのお母さんには嫌われているのでこちらとしては心強い限りである。そんな智樹さんの情報によると8月31日は四葉さんの誕生日らしい。
何かしらサプライズでプレゼントしてあげなさい、と少なくない金額を受け取ってしまった。
問題は何をプレゼントしたらいいのかということだ。
以前、四葉さんの趣味の品として恋愛ものの映画を鑑賞したが、何故だがそこまで関心を持っていないようだった。
もしかすると失語症の影響で楽しめなかったのかもしれない。
けれどこれまで彼女ができたことがない身としては、女性が喜ぶプレゼントは見当がつかない。
どうしたものかな……と悩んでいるとふと思いついた。
四葉さんの友達に聞いてみたらいいのでは?
幸い、お見舞いに来ていた友人の方の何人かとは連絡先を交換していたため簡単に連絡がついた。
「凛ちゃんが好きなもの? そりゃあ恋愛ものだよ」
四葉さんの友人の一人……堂家さんは当たり前のことのように言った。待ち合わせたカフェで携帯を弄る様子は四葉さんと違ってかなりハデな印象を受ける。いわゆるギャル系の人だろうか? 失礼だが……少しほんわかしている四葉さんとは合わないなと感じた。
「ええと……そんなに好きなんですか? 恋愛」
「マジマジ。凛ちゃんは根っからの恋愛脳でさ。
うちにも何回か良さげな新刊とか新作ないか〜って聞いてきたよ。それに……」
「それに……?」
すると堂家さんはどこか慌てた様子になる。
が、すぐにこちらをみてニヤリと笑みを深めた。
「……ねえ、君……京治くん?って言ったっけ?
凛ちゃんの秘密を教えてあげたら何してくれる?」
「……あー……ここのお代を持つとかは……?」
「それじゃあつまんないなぁ!
……もっとさ、面白いお返ししてよ。例えば……」
そして、目を細めてギラリと輝かせた。
「凛ちゃんと普段何してるか、とかさ?」
ドキリ、と核心を突かれたような気がした。
「な、何って……普通にお世話をしてるだけですよ」
「ダウト! それはおかしいんだよね〜」
にひひひと愉快そうに笑う堂家さん。
なんだか……思ったよりもこの人は厄介そうだ。
「凛ちゃんは男の子のことあんまり好きじゃないんだよ!
それこそどんなイケメンでも歯牙にかけない子なの」
「俺は昔からの親戚なので……!」
「それもウソ! とっくに調べはついてるんだよ〜」
得意げに人差し指を突き出したかと思うとなにやらカバンからゴソゴソとノートを取り出しはじめた。
「なになに〜留木京治くん。
年齢は16歳で誕生日は5月8日。
身長は172cmで野球部期待のエース!
だったのに……最近肩を痛めて退部した」
「……な、なんでそんなことを……?」
「……家は特に裕福でも無く結構な遠くから自転車で登校してきている。スポーツ推薦をとったのもそのため……間違ってないでしょ?」
唖然とした。情報の内容自体はそこまで大切なことでもないが……。この知り合い程度の間柄の人がそこまで知っているということに明確な恐怖を覚えた。
「ど、どうやって俺のことを……?
そ、それにそれだけじゃ凛堂さんとは親戚かどうかなんてわからないはずです」
すると……堂家さんは一転して落ち着いた様子で咳払いをして、神妙に語り出した。
「情報源については伏せるよ〜……まあぶっちゃけて言えば学校の裏サイトなんかで拾っただけだし。
……親戚じゃないってのは、単純な話だけど」
ずいずいっと身を乗り出してくる。
「君、浅海グループのこと知らないでしょ?」
「あ、あさみ? なんのことですか?」
その反応が思った通りだったようでうんうんとうなづく。
「凛ちゃん……凛堂家は浅海さんとこと親戚関係にあるんだよね。つまりは縁者全員がお金持ちってわけ。ここらへんじゃ有名だよ」
そういえば……凛堂さんはこの辺りでは名士だって母さんが言ってたような……。
親戚含めてそれなりの名家の血筋だったのか?
「んで、君の疑問に答えたから……今度はこっちからの質問なんだけど……どうやって、あの凛堂四葉を堕としたの?」
「それは……それは」
どうやら……観念したほうが良さそうだ。
けれども、自分はその答えを持っていない。
「その……すいません。それはわからないんです。
四葉さんはどうやら俺のことを好いてくれているみたいなんですけど、どうしてもその理由がわからなくて……」
すると、堂家さんはどこか納得した様子で考え込んでしまった。
「だよねぇ……。そこだけはまだわからないのよ。
実際、キミと凛ちゃんには接点なんてどこにも無いわけだし」
コーヒーを一口飲んだかと思うとこう続けた。
「……凛ちゃんはね。実をいうと沢山の男の人を品定めしてたんだよ。それこそ校内の男子は一通り」
「えぇ? それは……その、すごいですね」
「そうそう、手伝うの大変だったんだから〜。
やれあの男は清潔感が無いだの、あの男はどうみてもタラシだの、あの男は顔が気に入らないだの」
どうやら、四葉さんはほんわかしているようにみえて、相当な肉食系だったらしい……理想がとても高かったのかもしれない。
「まあ結局お眼鏡にかなうような人はいなかったんだけどね。そんな超絶ワガママお姫さまが、ね〜……」
ジロジロと品定めされる。
うぅ……やはり俺では不釣り合いなのだろうか。
「……うんわかった! ……どうやらキミはほとんどなーんにも知らないみたいだね。予想通りではあったけど残念かなぁ」
「すいません……」
「いいっていいって、別に怒ってないし。
そうそう。凛ちゃんの情報なんだけどね。
……あの子、割とクローバーとか好きだよ。
案外子供っぽいよね〜」
すると、今度は惚気話でも聞かせてね〜。
と言ってお代を払わずにそのまま帰ってしまった。
堂家さん……見た目よりもずっと恐ろしく……奇妙な人だ。関わり合いになったのはまずかったかもしれない。抜け目なく1番お高いコーヒーを頼んでるあたり、食えない人だと思わざるをえなかった。