第百三十八話 留木京治のクリスマス
実を言うと……これまで俺と四葉さんは二人で遊びに行くという機会に恵まれていなかった。
何度も彼女の家には出向いてお家デートはしているし、多くの時間を彼女と過ごしてきてはいるものの、純粋にただ遊びに行くというのはついぞ今まで無かったのだ。
そんなわけで期末テストが終わり、冬休みが到来した今初めて、俺たちは一緒に遊びに行く計画を立てたのであった。
いつものように四葉さんの家のインターフォンを押すと、やはりいつものように嫌そうな声で返答が返ってくる。
四葉さんの母親の徳子さんに渋い顔で見送られて、俺と四葉さんは駅前へと足を運んだ。
「四葉さん、今日は……その、とてもお洒落でかわいいね」
ふふん♪
その場でくるりと回って存分に洋服を見せつけたかと思うと、自慢げにこちらに笑みを向けてくる四葉さんはどうやらかなり今回のデートに向けて気合を入れてきたらしい。
四葉さんの格好はブラウンの大きなコートにチェックのロングスカートでなんだか暖かそうで可愛らしい。彼女の背の高さとスタイルの良さと相まって隣で歩くのは少し緊張してしまいそうだ。
すると、今度は俺のことをじっと見つめてくる……。
ぐるぐると俺の周囲を回って、隅々まで観察したかと思うと、大きくうなづいて俺の手を握って歩き始めた。
「あ……あの? 今日は駅前で食事とか……する予定ですよね?」
「…………」
一応当初の予定ではこの後は駅前で話題のカフェに寄って、スイーツを食べる予定だったのだが……?
そんな戸惑いは置いて行かれて、バスに乗ったかと思うとそのまま駅に向かい始めたので少しホッとする。
「四葉さん、なんだかバスも混んでますね……大丈夫ですか?」
……むすー
「……? ……あ、ごめん……また敬語になってた……よ、四葉。限定ケーキ楽しみだね」
……グッ!
いけないいけない……油断するとついつい四葉さんと敬語で話してしまいそうになる。なんでも四葉さんは俺に対等か……あるいはリードしてほしいみたいで、できればタメ口かつ少し強引な方が好きらしい。
四葉さんは椅子に座って物憂げに窓を眺めているけれど、その姿はとても絵になるもので、バスに乗っている他の男性からもチラチラと視線が向けられるほどだ。俺はそんな彼女の壁と隣に座って、周囲に少し睨みを効かせた。
そんな俺の様子に気付いたのか四葉さんはニヤッと口角を上げて、トントンと肩を叩いてくる。
「どうかしたの? 四葉……」
と、疑問の声を発しようとした瞬間に、ほっぺたに四葉さんがキスをした。
突然の事で不意を突かれてしまって上手く反応できなかったけれど、その行動は周囲に見られていたようで少し空気がざわつくのを感じる。
「よ、四葉さん……その、いきなり、こんなところではびっくりするよ……」
にまにま
してやったりという顔で四葉さんが笑みを浮かべる。どうやら四葉さんは周囲の視線に対して牽制のためにキスをしてようだ。おかげで周囲からの視線は……。
(……いやこれ逆効果じゃないか?! なんか視線が俺へと注がれてるし、どこか敵意のようなものを感じるんだけど!?)
まあ気持ちはわかる。俺みたいな平凡な男がなんでこんな美人と一緒にいるのかとか、その美女からキスされてることとか……男なら妬ましい光景だろう。
そうして刺すような視線を一身に浴びながらも、駅までの短い行程を終えると、降りたと思ったら四葉さんに服を掴まれてズンズンと連れ回され始める。
「よ、四葉さん……? そっちは目的の方向じゃないですよ?」
「…………」
テクテクと歩みを進める四葉さんに連れられて、あまり足を運んだことのないビルへと足を踏み入れる。どうやらここはアパレル系のテナントが入っているようで、通りで自分が来たことがないと思った。
(四葉さん、服とか見たかったのかな? ……確かに家にいる間はあまり外に出られなかったしな……)。
そんなことを考えていたのだが、どうやら違うらしい。四葉さんは何故だかメンズのブランドのところに足を運んで、何やらじっくりと吟味しはじめた。
かと思うと、何枚かの服をその場で籠に入れて、俺の元へと持ってくる。
「……? ……! ああ、俺の服を見てくれるの?」
うんうん
そういえば四葉さんは俺を着飾らせるのも好きだった。文化祭では何故だかサイズぴったりの執事服を着せられたし……それに、たぶん俺の今の格好だと少し四葉さんの彼氏役として相応しくないと思ったのかもしれない。
俺にはファッションのことはわからないし、四葉さんの好みの格好を把握するためにも渡された服装一式に着替える。
渡されたのは藍のロングコートに、黒のパンツ、白のセーターといった出立ちでなるほど確かにこれならシンプルだけど格好がつくような気がした。
だけどその値段を見てびっくり。普段買っている服よりも一つ一つが桁違いに高い……。
「選んでくれて嬉しいけど……どれか一つぐらいしか買えそうにないよ……」
? ……ちょいちょい
四葉さんが首を傾げて試着室から俺を連れ出したかと思うと、そのままレジへと店員さんを呼びに行く。そしてぽちぽちと携帯をいじって店員さんに見せた。
『着たまま 買います』
「……? ああっ、かしこまりました。ではタグ等を処理しますので少々失礼しますね」
「えっ? いや、その俺そんなお金が……」
抗議の声は四葉さんに指でめっ!と制止されて、そのままテキパキと店員さんに服のタグ等が外されていく。慌てて財布を出そうとしたら、先に四葉さんがカードを取り出して店員さんに渡してしまっていた。
「お買い上げありがとうございました」
よし!
「あ、あの……四葉さん、悪いですよ……後でお金払いますね」
すると、四葉さんはおもむろにまた携帯をぽちぽちといじり出した。どうやら少しムッとしているみたいだ。
『2億』
「あっ……」
……そういえばそうだった。今更ではあるものの、俺は四葉さんに既に返しきれないほどの借りを作っている。今更数万円程度が増えたところで……。
俺が顔を青ざめていると、それを見たのか四葉さんが悪戯っぽく微笑みかけてくる。
『冗談 クリスマスプレゼント』
「は、はは……そうですか……ありがたくいただきますね……」
……あまり良い冗談とは思えなかったし、俺がどういう立場にいるのか再確認させられた気がする。
四葉さんは俺にとっては人生を救ってくれた恩人で、何よりも優先しなくてはならないものだということが今更ながらよくわかった。
買ってもらった服は、お値段の割にあまり着心地が良くなくてどこか肌寒く感じてしまったけれど。
満足げな四葉さんに手を繋がれて一緒に街を歩いているうちに、そんな些細なことはどこかへ吹き飛んでしまったのだった。