第百三十七話 柳城愛美のクリスマス
やたらと豪勢な食事を終えて、ホテルの一室に戻る。温泉は夕方に入ったし、後はいつものように愛美と過ごすだけだと思っていたのだが……。
「…………」
……愛美の様子がおかしい。いつもは……その、隙あれば俺とのスキンシップを欠かさないのに。今はどこかぼーっとしてソファに座ってただテレビを眺めているだけだ。
元気で少しうざったいぐらいなのが愛美で、それが人付き合いができない俺にとっては救いでもあったのに、これではどうにも困ってしまう。
逆の状態なら……つまりは俺がなにかしらで悩んでいるときは、愛美はそれを察して無言で寄り添って話を聞いてくれるのだが……俺にも同じことができるだろうか?
……いや、やるんだ。愛美が何に悩んでいるのかわからないが、俺は愛美の……親友なのだから。
「愛美。隣いいか?」
「あ……うん、大丈夫だよ」
いつもの距離感で座ると、愛美が俺の腕に自分の腕を絡めてくる。どうやら俺のことが嫌いになったわけではないらしい。
でもそれから何を言えばいいのかわからなくて、ただテレビの音だけが部屋の中に響いていた。
「……愛美。もし良かったら……今日は俺と一緒に寝てくれるか?」
「……初めてじゃないかな? 祐介の方から誘ってくれたの」
そう言われてうぐっと動揺する。
確かにいつもは愛美に甘えていてばかりで、自分から何かするというのがあまり無かったかもしれない。そういった受け身な姿勢に愛想が尽きてしまったのか……?
「もちろん大歓迎だよ。祐介……君といると、全てが満たされてる感じがして、本当に幸せなんだ」
「そうか。俺も……愛美といるのが幸せだよ」
そうして初めて俺のほうから愛美の頬を寄せてキスをする。少し緊張してしまって、いつものように上手にできなくて歯がコツンと当たった。
けれど……愛美は何故だがその頬に一筋の涙を流して、しくしくと泣き出してしまった。
「愛美……やっぱりどこか調子が悪いんじゃ……?」
「……ううん、違うんだよ。祐介は何も悪くなくて……」
そして、愛美がその胸に秘めた悩みを吐露し始めた。彼女がテーブルで俺と向き直って真剣な表情で語ってくれたそれは、なんとも難しい問題だった。
「一緒にクリスマスプレゼント贈りあおう、って提案したでしょ?」
「ああ……俺は手を抜いてこうしてホテルに連れて来たけれど、それで悩んでいたのか?」
「うん……その、いざ祐介にあげたい物を考えた時に、ちょっと悩んじゃって」
そうして愛美は自分の髪をくるくると弄りながらこちらと目を合わせずに、少し俯き気味に話していく。
「最初は祐介がほしいって言ってたものを買おう!って安直に考えてたし、実際買ったんだよ」
「……ちなみに何を買ったんだ?」
「……この前有線ケーブルとか欲しいな〜って言ってたでしょ? それと腕時計」
それはとても嬉しい。腕時計はそろそろ自分のものが欲しかったし、有線ケーブルが有れば今後愛美と一緒にゲームする時により快適なプレイができそうだ。
「それは楽しみだな。家にあるのか?」
「……うん。そうなんだけど……」
そう言って愛美はまた俯いて考え込んでしまう。
……思ったよりもお金がかかってしまったのだろうか?
「あのね。ぼくって、祐介に貰ってばかりであまり返せてないなって」
「……どういうことだ?」
首を傾げてその言葉を考えるもののよく意味がわからない。家にいるときは家事は適当に分担しているし、勉強はよく愛美に教えてもらっている。今回のプレゼントだって俺も愛美もお互いに喜んでいるのに?
「その……普通はね。こうしてお高いホテルに来たりできないし、もっと言えば毎日家に泊まり込むのって迷惑なんだよ?」
「まあ……確かに普通ではないな」
「そうでしょ? ……ぼく、祐介に甘えてばかりで、迷惑ばかりかけてて……」
見るからにしゅん……と落ち込んでいる愛美の姿に、自分でも驚くほど狼狽えてしまう。愛美は俺がいつも愛美に迷惑をかけられていると思っているらしい。だがそうであるなら……愛美の悩みは、案外すぐに解決できそうだと思ってホッとした。
「……愛美。……その、せっかくのクリスマスだから、俺の本音を伝えてもいいか?」
「……え……?」
とても不安げな顔で少し涙ぐむ愛美に向けて、俺自身が普段は恥ずかしくて伝えられない胸の内を伝えることにする。
「……俺はお前のことをこの世で一番大切な存在だと思ってる。できれば片時も離したくないぐらいに。
だから……俺がお前に素っ気なくても、お前にわがままを言われても……本心では喜んでるから大丈夫だ」
「…………へ、へぇ……そ、そうなんだ……」
ぼっと顔を赤らめた愛美と共に、俺もらしくないことを言ったためか顔が燃えるように熱くなった。
けれどその甲斐もあったのか、愛美は少し涙を浮かべながらもいつものように生意気な笑みを浮かべて、そしてニマニマと笑いながら俺の座っている椅子に近づいてくる。
「……祐介〜? ちょっと重いよ?」
「ほっとけ……本心なんだからしょうがないだろ」
「ってことは〜いつものやれやれって感じは照れ隠しってことかな? ゆーすけくん?」
「……そうだな。本当はお前と一緒に入れて楽しい」
「わたしと一緒にいれて幸せ?」
「お前がいないと俺は駄目だ。いつも一緒にいてくれ」
「……っ! ……はぁぁ……う、うふふふ……ゆ、ゆーすけくん。ぼくもう色々と限界なんだけど……」
「……どういうことだ?」
すると、俺の目の前に立った愛美が俺の顔に手を添えていつかのように奪うような熱烈なキスをする。
そのうえで服を脱ぎながら俺の膝の上に座ってきて、身体を擦り付けてくる。
「ぼ、ぼくね。今とっても幸せで……祐介のことぐちゃぐちゃになるまで愛してあげたくてたまらないの。だからね、これ以上わたしのことを喜ばせたら……本当にもう、取り返しのつかないぐらい君を愛してしまいそうなんだ」
「……愛美。よく聞けよ」
その言葉にビクッと愛美が身体を震わせた。
心なしかその表情は何かを期待しているようで、けれど同時にそれだけはダメだぞと戒めているようにも見えた。
だからこそ、俺はあえてそこに踏み込んでいく。
「俺もお前を愛してる」
「……あ、あ、あっ……! い、言っちゃったね……?!
も……もうぼくはいっさい我慢しないからな?!
君のことを愛して愛して愛し尽くして、一生を君に捧げて、君の一生をものにするからね?!!」
「おう。望むところだ」
さっきまでの意気消沈としていた様子からは嘘のように愛美が目を輝かせて衣服を脱ぎ捨てていく。
そして俺もそれに応えた。
「ぼくのクリスマスプレゼントは、ぼく自身の全てって事でいいよ。受け取って?」
「俺もお前に全てをくれてやる。だから全部よこせ」
今度こそ喜びの限界を迎えたようで、もはや言葉すらなく俺と愛美は二人で抱きあった。
その時だけは、この世界に俺と愛美しかいないように思えたのだった。