第百三十六話 浅海祐介のクリスマス
浅海グループはアミューズメント系、及びホテル業を主軸にした財閥だ。本拠地である北海では主に旅館などを取り仕切っているが、それ以外にも各地の観光業で幅広く事業を展開している。
つまるところ、浅海の名前というのは思ったよりも効力があるということで……。
「着いたな。ここが大沢ホテルだ」
「おお……やっぱりすっごい立派なホテルだね……」
……主にキャンプ場などで賑わいを見せるこの大沢の地にひときわ目立つように建てられた大きなホテル、あさみグランドホテル大沢も浅海グループの配下企業が運営しているところで、せっかくのクリスマスなのだからと実家のほうから費用を工面してもらった。
「一応足を運べば大沢温泉郷にも行けるけど……どうする?」
「いやぁ……また温泉って言うのもなんだか芸がないし、今日はこのホテルで過ごそうよ。それにここでも温泉には入れるんでしょ?」
「そうだな。チェックインして適当に付近を散歩して冬景色を楽しもう」
そんなことを愛美と話しながらホテルへと足を踏み入れると、何やら騒がしくなり壮年の背の高い男性が俺たちを出迎えた。
「失礼ですが……2名様でご予約の浅海様でございますか?」
「そうですが……」
「これはこれは……私、当ホテルの支配人を務めさせていただいております、永井と申します。本日は遠路遥々この大沢の地に訪れていただきありがとうございます」
「ええ……お招きいただきありがとうございます。
父からこのホテルを紹介されこちらも楽しみにしておりました。……チェックインしたいので荷物を預けても?」
「有難きお言葉。ではすぐに手続きを進めて参りましょう」
すると大柄のドアマンの方が荷物を預かり、ロビーまで案内してくれる。愛美が大柄な男性が怖いのか俺の腕から抱きついて離れないので、ぎゅっと手を握って少しでも不安を和らげようとした。
チェックインの手続きが済むと、ベルボーイの方と永井さんが揃って俺たちを最上階の角部屋、スイートルームへと案内してくれる。
そこはいかにも上流階級御用達といった雰囲気で、高校生である俺たちにはどう考えても不釣り合いな部屋だった。
「如何でしょうか? 当ホテルのスイートは?」
「大変に落ち着ける雰囲気の上品なお部屋ですね。
案内していただきありがとうございます」
「いえいえ……何かありましたらフロントへとお気軽にお呼びだてください。それではお二人でごゆっくり……」
丁寧に挨拶をして永井さんが部屋を後にすると、身体から緊張感が抜けてふうとため息が漏れる。
愛美も同様のようで、よろよろと備え付けの大きな椅子へと歩いてどっかりと座った。
「……なんか……怖かったね……こうまで手厚く歓迎されると逆に……」
「……大方……浅海家の権力争いに巻き込まれてるって感じだろうな」
実際には俺はこのホテルを巡った諍いの詳細を信行さんから聞いている。
ここは俺の義父にしてグループ総帥の浅海三郎の第二夫人、宮子の親族が主に経営に関わっていたホテルで、現在本家筋の信行さんが発言力を増している中で分家筋としてグループで白眼視され始めているらしい。
支配人の永井は宮子さん率いる分家筋の傘下だったものの、昨今の勢力図の塗り替えの折に本家筋へと寝返ろうと画策しているようで、それゆえに本家筋である俺へと媚を売っているのだ。
まあ実のところ、俺のやることはただホテルからの接待を甘んじて堪能して信行さんに良かったと伝えるだけだ。そうすることで晴れてこのホテルが本家派と認識されることになる。
「……大人の考えることは難しいな」
「んー? 突然なにさ? あーすごいよこのテレビ。めっちゃ画面大きい」
ごろごろとベッドで寛ぎながらポチポチと適当にチャンネルを回している愛美には伝える必要がない話なので、今回も信行さんからのご厚意ということにしておいたが、まあどちらかというとこれは借りを作った形になる。
「さてと……部屋にいても仕方がないし、散歩しよっか」
「おう、近くに湖があるらしいけど、冷えそうだからしっかり着込んでいこう」
ほいよー。とまたぬくぬくと着膨れるほどマフラーなどを身につけていく。
愛美は寒がりなのか、はたまた親御さんが過保護なのかはわからないが、冬の季節になるともふもふといったぐらいに徹底して防寒着を着込んでいる。
背の低いのも相まってちんちくりんな感じで少し面白い。
けれど、今日の愛美はどこか様子がおかしい……。
「うーさむさむ、ここら辺はすっかり冬枯れって感じだね」
「ああ……でもなんだかこれはこれでいいもんだ。
この寂寞感がなんとも味わい深い」
みてみてー水溜りが凍ってるよーと子供のように駆けていって、恐る恐るといった感じで足でパリパリと踏んで遊んでいる。
そんな様子はいつもの愛美のようで少しホッとするものの、しかしやはりどこか違和感というか……拭えない何かがある。
「あんまりはしゃぐなよ。服が汚れるぞ」
「わかってるって。祐介は心配性なんだから……」
と言わんこっちゃない。
凍結した地面に足を滑らせた愛美を慌てて支えて倒れるのを防ぐ。愛美は驚いてひゃっと声を上げたが怪我はなさそうだ。
「大丈夫か? 足元には気をつけろよ」
「う、うん……祐介……ありがとう……」
とこちらに感謝を伝えたのはいいのだが、すぐに立ち直ってまたとことこと俺から離れていく。
(……妙だな……普段なら、愛美は俺の側から離れないのに……)。
そうなのだ。今日の愛美はどこか素っ気ないというか、露骨に俺のことを避けているような気がするのだ。いつもは俺にべったりとくっついて片時も離れないぐらいの勢いだし、俺と一緒ならテンションが高くて少しうるさいぐらいなのに、今日は何故だかどこかローテンションなのも気になる。
いや、そんなことを言うと普段は距離が近すぎるのだが。
「うわっ? なんだこれザクザクするよ?」
「……霜柱だな。また足を滑らせるなよ」
「霜柱? ……でもこれ楽しいよ。祐介も一緒にザクザクしよー」
おいでおいでと手招きされるので素直に従って足で霜柱を踏み締める。
こうして俺と遊んでいるあたりは別に嫌われているわけでは無さそうだし、愛美はそういうときはすぐに顔に出るのでわかりやすいのだが……。
「ザクザク終わっちゃった……。湖に行こっか。綺麗だといいね〜」
「景色は評判だから期待してもいいぞ」
そんな一抹の不安を抱えながらも、とりあえずは今を楽しもうと愛美の手をとって歩き始める。
だが、その時も一瞬だが愛美は少し複雑そうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。




