第百三十三話 園尾翠のクリスマス
翠ちゃんの家は少し古びた和風建築なので、冬の朝というのは冷えがちだ。
だけど少し窮屈なベッドの中で彼女を抱きしめていると、ぽかぽかとした暖かさとに心と身体が癒されて起きるのが億劫になってしまう。
でも今日はそういうわけにはいかないので、しっかりと僕に腕と足を絡ませた翠ちゃんを起こさないように抜け出そうとするが……。
「……おはよう、幸平くん」
「おや……もう起きていたのかい?」
……どうやら既に起きていたようで、パチリと目を開けた翠ちゃんはより一層僕のことを離すまいと胸に頭を埋めてきた。その柔らかな感触に思わず幸せを感じて、心がリラックスして再び眠気が襲ってくる。
「……二度寝でもしようか。昨日は遅かったし」
「そうね……お疲れ様幸平くん。ゆっくり休んでちょうだい」
そうしてまた彼女をぎゅっと抱きしめて、また安らかな眠りの中に落ちていった。
彼女の匂いと体温を感じたからか、はたまたいつも一緒にいるからなのか、その後は幼い頃の翠ちゃんと遊ぶ夢を見た。
僕としては少し遅い時間に目を覚まして、洗面台を借りて身支度を整えた後に軽い朝食を作り翠ちゃんを待つ。すると彼女もまたふわぁとあくびをしながら2階の部屋から降りてきて、そのまま僕にむぎゅっと抱きついた。
「だめじゃない……勝手にどっかいっちゃ」
「ごめんごめん、さあ簡単だけどご飯はできてるから顔を洗ってきて」
はーい……と眠気まなこで、普段のキリッとした雰囲気とは異なり少しゆるゆるとした感じで翠ちゃんがとてとてと洗面所向かっていく。
こうして無防備な彼女の姿を見れるのも恋人としての役得な気がして、とても気分が良くなった。
二人でフレンチトーストをつまみながら、穏やかな朝の時間を過ごす。
もふもふとパンを齧っている彼女はまるで小動物のようで、なんとも可愛らしい。
「昨日は色々と忙しかったからねぇ。今日はゆっくりと二人で過ごしたいと思うんだけど、どうかな?」
「ん……そうね。これから年末でまた忙しくなるし、今日ぐらいは幸平くんに甘えて過ごしたいわ」
「いつでも甘えてきていいんだよ。翠ちゃんに頼られるのは男冥利に尽きるからね」
年末年始も翠ちゃんと一緒に過ごすことに決めているため、冬休みの間は暖かな日々を過ごせそうだ。
今度は僕の家に翠ちゃんを招待して、一足早く家族の一員になってもらうのもいいかもしれない。
「そうそう、ご飯の片付けが終わったらちょっと家に戻るよ。良い子の翠ちゃんには渡すものがあるからね」
「あら……あたしも幸平くんに渡したいものがあるわ。楽しみにしててもらえると嬉しい」
どうやら考えることは一緒のようで、二人で示し合わせて一旦家を後にして隣の自分の家からプレゼントを持ってくる。翠ちゃんに喜んでもらえるものは何かを考えてそれなりに悩んだものなので、内心ではドキドキしてしまう。
「まずは僕から……これを受け取ってほしい」
「……? これは……!」
翠ちゃんが箱を開けてハッと驚く。
僕が贈ったのは翡翠のペンダントで、翠ちゃんの眼の色に近いものを選んで買ったものだ。
「その……宝石ってそれなりにするんじゃ……?」
「ああ、それは安心してほしい。僕のバイト代でも買えるぐらいのものだからね。かといって粗品ではなくきちんとしたものを買っているから」
「そう……そうなのね……」
すると、翠ちゃんはぽろぽろと涙を流してそのペンダントを両手で握りしめる。そしてぎゅっと目を瞑って想い深げに胸に持ってきた。
「ねえ……幸平くん。せっかくだから、その……」
「ああもちろん、少し失礼するよ」
翠ちゃんからペンダントを受け取り、彼女の首に丁寧にかけてあげる。思った通り、シンプルなデザインながら色鮮やかな翡翠が翠ちゃんの瞳と美しく調和していて、神秘的な輝きを放っていた。
「……うん、見惚れてしまうほどに綺麗だ」
「……嬉しいわ。幸平くんのくれるものは何だってあたしを幸せでいっぱいにしてくれるけど、今回のプレゼントは極めつきね」
「その言葉と、喜んでくれる翠ちゃんが見られて僕も幸せだよ」
少し赤らんだ眼でうるうると見つめてきたので、意を汲んで軽い口づけを交わして手をとる。
心と心が通じあった感じがして、プレゼントを贈ってよかったと思えた。
「次は……あたしの番ね。幸平くんのものには及ばないけれど……」
「どれどれ……これは……」
渡されたのは滑らかな手触りのセーター、でもどうしてだかその香りが市販品らしくなくて、どこか規格も違うように見える。
「その、手編みなのよ。そのセーター」
「手編み? こんなに綺麗なものが手編みなのかい?」
市販品と遜色が無いぐらいに綻び一つないセーターを手に取って驚かされる。装飾の細かさといいむしろどこかの高級なブランドのものかと思ってしまうほどの完成度だ。
「幸平くん……どちらかというとお外によく出るでしょう? これからの季節は冷えたらいけないと思って……」
「いや……恐れいったな。こんなに手の込んだものを贈られてしまっては感謝の言葉もないぐらいだ。
ありがとう翠ちゃん。でも大変じゃなかったかい?」
「あなたに再会した時からコツコツと勉強してたから、完成したのはついこの前だけれども、満足してもらえたなら嬉しいわ」
勤勉で努力家な彼女らしい出来栄えに全く驚くほかにない。こんなにも気持ちと心のこもった世界に一つだけのプレゼントは初めてなので、思わず感極まって涙ぐんでしまう。
「翠ちゃん……君の献身は本当に嬉しいよ。このセーターも君だと思って大切に使わせてもらうからね」
「いくら綻びても、何度でも繕うしいくらでも新しいセーターを作るわ。貴方への想いを込めて」
にこやかな笑みを浮かべる彼女に僕も思わず流れでた涙を拭って微笑みを返した。
人によっては……彼女の愛はとても重たいもので、どこかじっとりとして感じるかもしれないだろうけども。僕のような軽薄な人間を愛してくれる彼女のことが、ますます愛おしくなるような贈り物だった。
こうして彼女のぬくもりに包まれて、クリスマスは幸せに過ごすことができたのであった。