第百三十二話 木石幸平のクリスマス
クリスマス、僕としては毎年家族で過ごすのが通例になっている行事で、それなりのパーティを催すので中々楽しみでもある。
なんでそういうことになるかというと、今までお付き合いした女性はなんだかんだでクリスマスまでには漏れなく愛想を尽かされてしまっているからだ。
でもまあ、実際顔も思い出せない、特別な感情を抱かずにただ惰性で付き合っていた彼女たちのクリスマスを、そんな僕なんかと消費させるよりは家族で過ごすほうがよほどマシかもしれない。
けれど、今年のクリスマスは違う。
僕には愛する恋人がいて、もちろん彼女と二人での時間を過ごす予定なのだから。
「お邪魔します、招いてくれてありがとう翠ちゃん」
「おかえりなさい幸平くん、来てくれてありがとう。とても……嬉しいわ」
挨拶もそこそこにおもむろに手を広げて近づいてきたかと思うと、ぎゅっと優しくハグされる。
翠ちゃんはどこかその表情が柔らかいというか、ほのかに顔が赤らんでいてとても気分が高揚しているようだ。
「クリスマス……幸平くんと過ごせるイブなんて、夢にまで見たことよ。もうこうして二人でいれるだけで嬉しくてどうにかなってしまいそうなぐらい」
「今まで寂しい想いをさせてしまったねぇ。今年からは毎年、君と共に過ごす予定だけれども、二人で過ごす初めてのクリスマスを今日は存分に楽しもう」
僕の言葉に更に気を良くしたのか、僕の顔に手を添えて翠ちゃんが唇に触れるようにキスをした。
少し顔に火傷の痕がある僕の恋人は、いつもはキリッと引き締まっているその目をとろんとさせて、恍惚な表情を浮かべている。
「……お風呂にする? ご飯にする? それとも……」
「こらこら、まだお昼だし早いよ翠ちゃん。
まずは僕がクリスマスのディナーを作る予定なんだからね」
「ディナー……ええそうね、幸平くんはお料理もとても上手だもの。あたし楽しみでしょうがないわ」
「母さんからのお土産もあるからね。ほら、冷蔵庫にしまって」
選別代わりに手渡された手作りのケーキを翠ちゃんに渡して、下ごしらえ積みの食材と共に台所へと向かう。メニューはカプレーゼ、フライドポテト、オニオンスープ、アクアパッツァ……と簡単だけどそれなりの量を作る予定だ。
もうかって知ったる翠ちゃんの家の台所で、慣れた手つきで調理器具を戸棚から出してテキパキと調理をしていく。
「それにしても……幸平くんはなんでもできるのは知っていたけど、こんなにお料理もできるなんて、改めてすごいわね」
「趣味の一つだからね、男には少しぐらい凝った料理を作りたくなる時期があるのさ。それに最近は保食くんも僕に料理を教わってくるから師匠として腕に磨きをかける必要もあるしねぇ」
保食くんは彼女である上梁さんのために料理を作るのが生きがいらしい。最近ではより難しい料理にまで手を広げているようで、僕たちはそれなりに情報を交換しあってお互いの腕を磨いている。
「上梁さん……どこか暗いけど優しい雰囲気のする大人っぽい女性だったわね。保食くんと一緒にいると姉妹みたいだけど、ああ見えて保食くんは男らしいみたいで」
「うんうん、彼のような一途で漢気溢れる男性は見習いたいもんだ。僕もいい加減甲斐性を見せないと翠ちゃんに申し訳ない」
「幸平くんはそのままでも良いのよ? でも……少しぐらい強引なのもカッコいいわね」
紅茶を飲みながら僕を愛おしげに眺めている翠ちゃんはなんとも楚々としていて綺麗だ。
イギリス人の血が混じっているとの事なので、こうしてティータイムをしているとどこかの貴族のような気品を感じてしまう。
「……あたしも手伝いたいのだけれども、駄目なのよね?」
「うん。これは今まで翠ちゃんを寂しくさせた僕からのお詫びも兼ねているからねぇ。今日は盛大にもてなされてほしい」
本音を言うと翠ちゃんが火を使うのが怖いのもあるのだけど。それよりも彼女の美味しいという笑顔はなかなかに得難い宝物なので、本心も混じっている。
特に失敗することもなく料理が完成したので、翠ちゃんと一緒に食卓を囲んで席に着く。
すると翠ちゃんは目を細めて感慨深げに呟いた。
「何度か幸平くんと食卓を共にしているけども……その度にあの夏の日のおままごとを思い出すわ。
大好きな幸平くんと家族になって、一緒にご飯を食べることを想って過ごしてきた日々が、こうして形になったのがいつも嬉しい……」
「そうだねぇ……僕も……自分がこんなにも人を好きになるなんて思っていなかったよ。あの日の出逢いは本当に運命だったのかもねぇ……」
二人でしみじみと出逢いと長い離別の時の辛い記憶、そしてまた再会できた奇跡に想いを馳せながら、シャンメリーを注いだグラスで乾杯をした。
クリスマスに二人で食べる食事は、あの夏の日と同じくらい幸せで、あの日に負けないぐらいに欠かせない大事な想い出になった。