第百三十一話 赤裸々な女子会
ここに来るのは二度目になるけど、その立派な門構えには思わず少し及び腰になってしまう。
それは隣にいる翠さんと上梁さんも一緒なようで、特に上梁さんはかなり緊張しているようだ。
「ねえ……本当に私が来ても良かったのかしら……?」
「だ、大丈夫……だと思うよ? 何せ四葉さん自身が呼んでくれたんだし……」
そうなのだ。本当は以前この家にお見舞いに来たこの二人だけが呼ばれるはずだったのだけど、先に上梁さんとの約束が入っていたため断ろうとしたら、じゃあついでに一緒に来てと言われたのだ。
「四葉さんって……前の生徒会長なのよ? 学校では有名な人で私の憧れの人なの……」
「そうなの? どちらかと言うと朗らかな人だったからそんなに緊張しなかったけど」
翠さんの言葉通り、四葉さんはどことなく柔らかな雰囲気のする親しみやすい人だった。
でもだからこそぼくや……上梁さんとは違って、みんなの中心にいるような素質がありそうだと思う。
「……足踏みしていても仕方がないわ。入りましょう」
「う、うん……そうしようね」
上梁さんと一緒に翠さんの背に隠れながらインターホンの音を聞くと、また四葉さんのお母さんが出迎えてくれる。
「あらいらっしゃい。四葉の後輩の子たちよね?
話は四葉から聞いてるわ、リビングに色々と用意したから上がってちょうだい」
……前に留木くんと一緒に来た時よりも優しい反応で少し驚く。もしかしたら留木くんは四葉さんの家族とは上手くいっていないのかもしれない。
リビングに案内されると、そこにはいつかのようにひらひらと手を振ってにこやかな笑みを浮かべている四葉さんがいた。何やらもふもふとお菓子を食べているようだ。
「四葉のお友達のためにチーズケーキを焼いてみたのよ。ほら四葉、食べてないであなたも切り分けなさい」
こくこく
……友達が家に来るときはそこまで歓迎するものなのだろうか? テーブルにはそれ以外にもお菓子の盛り合わせとジュースが用意されている。
でも友達の家に行ったのは祐介の家が初めてだからあんまりわからない。
「お菓子とかは自由に食べてもらっていいからね。
じゃあ四葉、後は頼むわよ」
ぐーっ!
元気よくサムズアップする四葉さんはなんとも楽しそうである。11月まで怪我であまり人前に出られなかったらしいので、久々の来客が嬉しいのかもしれない。
「……四葉さん、今日はお招きいただきありがとうございます」
「あ……ありがとうございます。四葉先輩……」
翠さんと上梁さんが礼儀正しく挨拶をしたので、慌ててぼくも翠ちゃんの背中から一歩出て頭を下げる。すると席を立って四葉さんは何やらちょいちょいと手招きをしてくる。どうやら上梁さんをご指名のようだ。
「……ええと……? なんでしょうか……?」
「あ、上梁さん、たぶん四葉さんは……」
おずおずと四葉さんに近づいた上梁さんをいつかのように四葉さんがぐわっといきなり抱きしめてしまう。あー……上梁さん綺麗な人だから可愛がりたくなったのかな。
上梁さんのほうが背が高いので四葉さんが抱きつく形になるけれど、咄嗟のことで上梁さんがひゃわ……と声にならない声を出している。
「な……なんですか……四葉先輩……?」
ぎゅっぎゅ……
「……あー……たぶん、四葉さんなりのスキンシップなのよ。彼氏の留木くんが言ってたわ。可愛いものが好きで抱きつくって」
そ、そうなんですか……?と戸惑いがちな上梁さんを四葉さんがむふーっと満足げに抱きしめたかと思うと、今度は腕を離して翠さんのほうにふらりと近づく。
「……あたしも? ……あ、にゃ……に……」
だきしめー
……翠さんも可愛いもんね。というか女の子同士でイチャイチャしてるのはなんというか目に優しい光景でいいね。ほのぼのする。
そんなことを思って生暖かく見ていたら、当然のように目を輝かせた四葉さんにぼくもハグされて、そのふわふわとした暖かさをまた体験させられた。
「……こほん。改めて……今日は彼氏に見捨てられた女たちの女子会……もとい、愚痴会を始めていきましょう」
「……そういう趣旨の集まりなのね……これ……」
なんでか四葉さんからのハグの時間がぼく一人だけ長かったけど、なんとか解放されて四人で席に着いて今日の趣旨を翠さんが発表する。
そうなのだ。ここにいる女子たちはみんなパートナーが勉強会を名目に別のところに集まってしまったので、それへの腹いせ兼当てつけ目的で集まっている。
「何きょとんとしてるの愛美。あなたが提案したことでしょう」
「へ? いやーほんとは上梁さんと一緒にファミレスにでも行こうかなって思ってたけど。まさか話を聞いた四葉さんにこうして招いてもらえるとは思ってなくて……」
……ふーむ
すると四葉さんは何やら思案顔になって、手元の携帯をぽちぽちと叩いている。
ほどなくしてぼくの携帯へと四葉さんからのメッセージが届いた。ちなみに連絡先は留木くん経由で押し付けられるように教えられた。
『凛ちゃん』
「? ええと? 四葉さん?」
ぶーっ!
首を振って手でばってんを作って抗議してくるので、どうやら駄目みたいだ。ということは……。
「……凛ちゃん先輩?」
……ぐー!
……気安い! でもなんか四葉さんがとても満足げなのが可愛いのでこの呼び方の方が良さそうだ。
それを見て翠さんもなるほど……と呟いてぼくに合わせるようだ。
「……凛ちゃん先輩は留木くんと普段どんなふうに過ごしてるんですか? やっぱりその……恋人らしくいちゃいちゃしたり?」
うんうん!
四葉さんがにんまりと笑いながらまた携帯をぽちぽちと弄って、そしたら何やら写真が送られてきた。
見るとどうやらツーショットの写真のようで、綺麗なウインクをしている四葉さんの横で留木くんがぎこちない笑みを浮かべていた。
「わー……凛ちゃん先輩とっても楽しそうですね。
見て見て翠さん上梁さん。かわいいよ」
「本当ね……あ、そうだわ。もし四葉先輩……じゃないわ。凛ちゃん先輩が良ければ、連絡先を伺ってもいいかしら……?」
ぐー!
遠慮がちな上梁さんもなんのそのと言った調子で四葉さんがはきはきと連絡先を教えているようだ。
四葉さんは怪我で声を出せないので、こうして文字でのコミュ手段があるといいかもしれない。
『みんなは?』
「あら……次は私たちの番みたいね。順番にそれぞれの彼氏の……愚痴?でも言っていきましょうか?」
「……そうね。いつもは愛美に相談に乗ってもらってるけど、お互いのことでアドバイスしあっていきましょう」
うんうんとうなづく四葉さんと共に、ぼくもまた普段の生活のことを話すことにした。
「え……じゃあ柳城さんって今同棲してるのかしら……?」
「ま、まあそうかな……」
『すごい』
わたしの普段の生活を話したところ。どうやら上梁さんと四葉さんにはとても意外だったようで目を丸くされる。翠さんはもう既に知っているので訳知り顔だ。
「普段から愛美はそれはもう浅海くんとらぶらぶなのよ。見ていてこっちが妬いてしまうぐらいね」
「いやー……翠さんには及ばないよ〜。隣同士で幼馴染なんて中々ないからね」
「お、幼馴染なの……? なんだかとても運命的で素敵ね……!」
『いいなー』
四葉さんと上梁さんが目を輝かせながら話の続きを催促しているようだ。それを見たのかふふんと少し自慢げに翠ちゃんが自分と木石くんとの馴れ初めを語り出した。
「幸平くんはあたしのことを忘れてしまっていたけれど……それでも諦めずにアタックして捕まえたのよ」
「情熱的で素敵ね……! なんだか胸がドキドキしてしまうわ……!」
フンスフンス!
「上梁先輩……はどうなのかしら? 愛美からはとても仲の良いお二人と聞いているのだけど」
「私は……その、病気だったのを忍くんに救われたの。今は健康だけど前はとても痩せてて……」
流れで上梁さんの話になったので、わたしも中学生時代の彼女のことを話しながらいかに彼氏さんの影響が大きいのかを補足してあげる。
「献身的で男らしい彼氏……いいわね。普段の紳士的な幸平くんも好きだけど、たまには強引に迫ってほしいわ」
「そ……そうかしら? 忍くんは結構男らしいというか。その……」
上梁さんがもじもじと顔を赤く染めたのを見てなんとなく察する。普段からどうしたら彼氏を喜ばせてあげられるかを相談されているので、まあそれなりに……。
「ねえ……その、聞いてもいいのかしら? 凛ちゃん先輩?」
???
「……どうなんですか? 留木くんって」
『なんのこと』
きょとんとして首を傾げている四葉さんは聞いている言葉の意味をあまり把握できていないようなので、こっそりとぼくが耳打ちで夜のことについての質問ですと伝えてみると……。
…………ぼっ!
「……えっ? ま、まさか……?」
耳まで真っ赤にして赤面する四葉さんの様子に思わず驚愕の声が出てしまった。
というかこの反応ってことはひょっとするとひょっとして……?
「……本当に意外ね。凛ちゃん先輩って……その……彼氏さんとはまだ清い関係なの……?」
……かーっ……
うん。すごい意外というか、留木くんは相当に豪の者だと思う。こんなに美人でスタイルの良い彼女がいるのに手を出してないなんて、どちらかと言うと男としては甲斐性が無いのでは……?
「……愛美先生。今日は凛ちゃん先輩のためにとっておきを教えてあげなさい」
「ええっ?! いやそんな人のことをそういうことのスペシャリストみたいな言い方されても……」
「そうね……柳城さんって経験豊富だし。今日は彼氏の誘い方の講習をしましょう……」
「上梁さんまで……! わ、わたしは別にそういうの詳しくないもん!」
『教えて先生』
……なんとも真剣な眼差しの四葉さんに懇願されてしまってはどうにもならないので、観念してわたしなりの彼氏とのスキンシップの仕方を伝授することにした。
まあその……それとなくおっぱい押し付けてキスするだけなんだけどね。ぼくが男の子の喜ぶことに関してはそれなりに詳しいのが今は歯痒い気分だ。
そんなこんなで、期末テストのことなんか綺麗さっぱりと忘れて、女子4人での赤裸々トークは遅くまで続いたのであった。