第百二十八話 凛堂四葉の文化祭
四葉さんに手を引かれてメイド喫茶の店舗となっている教室の隣の教室に入る。
そこには誰もいなくて雑然と机に荷物が積まれていて、どうやら空き教室をそのまま更衣室に利用しているみたいで扉のガラス窓には目張りがされていた。
そして四葉さんが内側から扉に鍵をかけたので、ここは俺と四葉さんの貸し切りの教室になったらしい。
ふんふんと先ほどまでのどこかしおらしい感じはどこへやら。いつもの俺に何か無茶振りをする調子に戻った四葉さんがゴソゴソと何か鞄を漁ったかと思うと、どうやら衣服を引っ張り出したらしい。
「ええと、これを着ろと?」
うんうん!
にこーっと楽しそうに頷いているので、おずおずとその綺麗に折り畳まれた衣服とタオルを受け取って着替えようとする……けども。
「あの、四葉さん? ……着替えを見られるのは恥ずかしいんだけど?」
……? ……にっこり
いや、そんなふうに素敵な笑顔で誤魔化されても……。ちなみにだけれども、俺と四葉さんはまだそういった行為をしたこともないし、お互いの肌を見せあった経験も少ない。
けれど四葉さんは隙あらば俺のことを籠絡するつもりらしくて、彼女の家だと家族の方が居てもお構いなしに甘えてきて困っている。
とりあえずは仕方がないので四葉さんの熱い視線を全身に浴びながらもそのまま着替える。
ううむ……異性に下着姿まで見せるのは恥ずかしいけどこのまま濡れっぱなしなのも辛い。
そして袖を通してわかったが、この衣装は……?
「執事服……なのかな? これは?」
……グッ!
正しくは燕尾服というものだろうか? どこで手に入れたのかは不明だけれども異様にサイズが合っているのでちょっと怖い。
四葉さんはというとさっきからしきりにパシャパシャと携帯を鳴らしているので、どうやらとてもお気に召したようだ。
「四葉、そんなに撮られると恥ずかしいんだけど……」
……〜♪
すると携帯をどうにか筆箱などで立たせて、鼻歌混じりに俺に傍に近づいて澄ました顔をした。
あっこれタイマー撮影かな? と、とりあえずはきちんと撮らないと……。
ややあってパシャリと音がして、四葉さんが出来栄えを確認して親指をグッと上げてOKを出した。そしてそのまま俺に写真を見せたので確認すると、どうやら上手く撮れていてホッとする。
「……それで、俺は四葉に何をして貰えばいいのかな?」
……ハッ!
すっかり俺からのお仕置きを忘れていたようで、わかりやすく狼狽えながらもぽふんと拳で胸を叩いた。そしてまた鞄からゴソゴソと何やら厚紙を取り出してきた。
「……ええと? メニュー表?」
うんうん
……そこには丸っこい字で色々と注意書きと共に、様々なプレイ?が書いてある。
「ええと……言葉責め、ベルトで叩く、露出……」
にやにや
「……スペシャル全部載せ……ねえこれ考えたの誰? 学校でこんなことできないよ俺」
……むー……
まさかとは思うけどこれ四葉さんが考えたのか? いや違うと信じたい……堂家さんあたりが……いやでも四葉さんなんだか不機嫌だしさっきまでどこかいやらしく笑みを浮かべてたし……。
というか四葉さんその……ど、ど変態では……?
「あー……じゃあ無理やりハグ……とかどうかな?」
…………グッ
なんか渋々って感じでOKサインが出される。
というかやっぱりさっきのメニュー四葉さんが考えたのか……。この人ふわふわした見かけによらず結構過激だな……。
早速四葉さんは役に成り切っているのか澄ました顔になる。その顔は凛々しくて美しく。どう見ても自分からなかなか変態じみたプレイを提案している人とは思えない。
「じゃ、じゃあお仕置きとして俺が抱き締めるからな〜逃げるなよ〜」
……キッ!
おお……睨まれた……。
いや、四葉さんのお母さんに似てとても怖い。
とりあえず怯みながらもこわごわとその細い体に手を伸ばして、そのまま抱きしめてみる。
ふんわりとした四葉さん特有の甘い芳香と柔らかな身体の感触は何度体験しても慣れることがないもので、ドキドキと胸が高鳴ってしまうのだが、その温もりでどこか安心感も得てしまう。
「……やっぱり四葉さんを抱きしめるとホッとするなぁ」
……ぎゅうう
いつのまにか四葉さんも俺のことを抱きしめ返していて、二人で気の済むまでそのまま抱き合う。
出会いは最悪だったけれど、こうして抱きあっていると全てのしがらみを忘れられるようで、彼女が愛おしくなってくるから不思議だ。
どちらともなく腕を緩めてお互いに見つめ合い、そして口づけを交わした。
「四葉、君の最後の文化祭、いろんなところを回って思い出を作ろうね」
……にっこり♪
言葉は無かったが、四葉さんと心が通じ合った気がした。
……彼女は卒業後はそのまま家に残り、失語症でも行うことができる仕事を探していく予定なのだという。大学への進学を閉ざされてしまった彼女に対して、俺ができるのはせめて悔いのないように学生生活を楽しんでもらえるように尽力することだけだ。
四葉さん自身は、特にそんなことは気にも留めていないけれども。
「……君を絶対に幸せにしてみせる。俺の命に変えてでも」
「…………」
そしてまたいつかのようにどこか妖艶な笑みを浮かべた彼女に、もう一度口づけを交わされてそのまま深く繋がる。
俺の全ては、彼女のためにある。
わざわざ執事服を着なくても、俺にとっては彼女の願いは……絶対なのだから。