第百二十七話 留木京治の文化祭
階段を登り上級生のいる階に足を踏み入れていくと、同じ学校の別の階というただそれだけなのにどこか別の空間に入ったような気がするのは不思議なだ。
ましてや自分は一年生なので、三年生の階に来るのは何度経験しても慣れないものだ。
そして聞いていた通りのクラスの出し物の看板を見つけて、どことなく足踏みをしていると声をかけられた。
「おっ、来たね〜凛ちゃんの彼氏さん!」
顔見知りの女性の先輩に会釈する。この人は堂系さんで、四葉さんとは友人で彼女が入院していた時にもお見舞いに来ていたし、それなりに関わりがある仲。
「留木く〜ん、今日は楽しみだったんじゃないの?
凛ちゃんのクラスの出し物、教えた通りでしょ?」
「そ、そうですね……結構楽しみにしてました」
「正直でよろしい! さてさて貴方のお姫様はこちらにいらっしゃいますよ〜」
と洒落っ気たっぷりに誘われてそのまま四葉さんのクラスへと足を踏み入れる。
というか、堂家さんはギャルっぽく見えて四葉さんと同じ特進コースなのか……。とても失礼だけれども、全くそういう感じはしない。
そしてカーテンやテーブルクロスで飾りつけられた落ち着いた雰囲気の教室で、一斉に女子の先輩からの歓待を受ける。
「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」
……そう、四葉さんのクラスの出し物はメイド喫茶なのだ。
メイド服に身を包んだ堂家さんに、教室の奥の方の席へと案内される。
どうやらそこは自分のために用意されていた指定席のようなものらしい……。
「凛ちゃんはウチのクラスのお姫様だからね〜。その彼氏の君はさしずめ旦那様ってところだよ」
「……ぶっちゃけ面白がってますよね?」
「うん、君をいじるの楽しいもん。それにあの凛ちゃんの彼氏なんてどんな子なんだろうってみんな気になってしょうがない感じだよ」
先ほどから先輩方から仕事の合間を縫ってチラチラとした視線を感じるのはそういうことらしい。
どこか値踏みするような視線が混じっていて少し居心地が悪く感じる。
「……おっと、準備ができたみたいだね。では後はお二人で」
「ではまた、堂家先輩」
そしてヒラヒラと手を振って軽薄な笑みを浮かべた堂家さんと入れ替わりに……。
他のどこかコスプレ感のあるメイド服を着た先輩方とは打って変わって、ロングスカートに髪をお団子に纏めた……いわゆるクラシカルメイド、という出立ちの四葉さんがこちらに楚々として歩み寄ってきた。
「四葉、そのメイド服よく似合ってるね。かわいいよ」
……ぽっ
どうやらメイドさんらしく澄ました顔をしようとしていたらしいが、俺の言葉が嬉しいのか頬が仄かに赤くなる。
けれども四葉さんは表情をそのまま変えずに、俺の側まで来るとそのままスカートの端を持って恭しく一礼をした。
「……メイドさんに成りきってみたいの?」
……こくん
控えめにうなづいているところを見るにどうやら四葉さんはこの特殊な状況を楽しみたいらしい。
いつもはどちらかというと四葉さんの我儘に振り回されてばかりだし、どうせならその思惑に乗ってみよう。
「じゃあ……そうだな、紅茶を頂こうかな?」
……ぺこり
会釈をして、そのまま四葉さんが教室に立てられた仕切りの向こうへと少し早足気味に戻っていく。
たぶん向こう側では飲み物などの管理などを行なっているのだろう。
(それにしても……四葉さん。クラスでの生活に支障がないみたいで良かったな……)。
四葉さんは俺の起こした事故に遭って以来、長い間リハビリ生活をしていたものの、最近になってようやく学校に通学できるまでに回復したのだ。
けれど、当然のことながら後遺症である失語症は残っているままなので、クラスでは不便が無いかと心配して気が気ではなかったのだが、そこは堂家さんを中心にした四葉さんの友達がフォローしてくれているらしい。
そんなことを思っていると、四葉さんがおぼんを持って戻ってきた。と、思ったのも束の間……。
四葉さんが足をもつれさせて転んでしまいそうになる。
「!? 危ない!」
咄嗟に椅子から飛び出して彼女が地面に倒れる前にそばに駆け寄ろうとすると、四葉さんはおぼんだけ手から離してそのままへたり込んで上手く受け身をとれたみたいだ。
けれど、おぼんの上にあったカップはそのまま俺に当たって紅茶を頭からのモロに被ってしまった。
「四葉さん! 大丈夫ですか?!」
うんうん
「んんんー? 何事何事? ……おやまあ盛大にやってしまったね」
様子を見にきた堂家さんにそう言われながらも、ポタポタと髪に水滴を滴らせながらも四葉さんの怪我の具合を確認する。もしかするとまだリハビリが十全で無かったのかもしれないと思ったが、四葉さんに痛いところはないかと聞いても特に無さそうなので大丈夫そうだ。
「……ねえ留木くん。そのままだと風邪引いちゃうねぇ?」
うんうん
四葉さんと堂家さんがどこか悪い顔をしながら紅茶で濡れた俺を見て言ってくる。
……もしかしてだけど、これってまさか?
「そこでなんだけど……今ちょうど服が余ってるんだよね? 凛ちゃん?」
にっこり
ニマニマとしている四葉さんを見るに、これはどうやら計算されて行われた事らしい。
なんとも回りくどいというか……着替えてと頼んでくれればいくらでも着てあげるのに。
「……そ・れ・と〜!」
堂家さんもその笑みを深くして何やらとてつもなく悪そうな顔をしながら俺に近づいてくる。
思わず後退りしそうになるものの、ガシッと服を掴まれて逃げられずに耳打ちをされる。
「おいたをしたメイドさんにお仕置き、してもいいらしいよ? ねー?」
むふーっ
……いや、四葉さんがそういうプレイを楽しみたいだけでしょ?とは思ったものの、ここまでお膳立てされては何もしないわけにもいかずに、ただ少し呆れ気味に息を吐いた。