第百二十六話 柳城愛美の文化祭
文化祭と言っても正直あまり面白くも無さそうなので、また家で過ごそうかなと思っていた。
だが愛美はそうではないようで、とても乗り気で一緒に文化祭を楽しもうと言い出した。
「祐介と一緒に一日中遊べるなら文化祭も楽しいに決まってるじゃん! きちんと計画立てて存分に楽しもうよ〜」
だそうだ。幸いクラスの出し物は芸術発表で店番も無いし、愛美の望み通りに今日は一日文化祭をほどほどに満喫するか……と思っていただけど。
「祐介! 次は演劇見にいこうよ!
保食くんとこのクラスが白雪姫やるって言ってたよ」
「わかったわかった、そう急かすなって。今日はいつにも増して元気だなお前」
「はじめての文化祭だもん! それに祐介が一緒だから楽しくて仕方ないんだよね〜」
そんなことを言いながらも俺の手をしっかりと握って早く早くと急かしてくる。
なんともテンションが高くて結構なのだが、こちらとしては少々ペースダウンして貰わないと着いて行けそうにない。
「愛美。少し疲れたから休憩しないか? インドア派にはキツいぞ」
「えー? ……しょうがないなぁ祐介くんは。
もうちっと体力つけないとだめだぞー」
いや、昨日も結構遅くまで起きてたし……。
というか俺とほぼ同じ生活をしているというのにどうしてそんなに元気なんだ? 心なしか肌艶も良く見えるぐらいだ。
すると、愛美の背後に見知った顔が……というより個人的にはあまり見たくない顔が見えたので思わずドキッとする。
「? どうしたの祐介? ……可愛い子でもいた?」
「いや……その、お前の後ろに……」
「えー? なになに? なんかおもしろいもの、でも……」
振り返って愛美が石のように固まる。
……そこにいたのは愛美の母親の蘭子さんだった。
「……愛美? 少し話したいことがあるんだけどいいかしら?」
「お、お母さんなんでここに……?」
「貴女がほとんど家に帰ってこないからわざわざ文化祭にかこつけて来たのよ。観念して着いてきなさい。浅海くんも一緒にね」
「はい、わかりました……愛美。行くぞ」
「うげー……せっかく楽しかったのに〜」
というわけでPTA主催の休憩室に蘭子さんと3人で向かい、お叱りを受けることになったのだった。
いつかのようにトントンと指をテーブルに規則正しく鳴らしながらイライラとした様子を隠そうともせずに蘭子さんが俺たち二人を睨みつけている。
俺としては居た堪れない気持ちでいっぱいなのだが、愛美はどこ吹く風といった様子で不満顔だ。
「言いたいことはわかるわよね? あんまり浅海くんに迷惑をかけるものじゃないわ」
「祐介は別に嫌がってないもーん。それに婚約者なんだから同棲ぐらい、いいでしょ別に」
「貴女まだ学生でしょう?! いい加減にしなさい!」
「べーっだ。わたしたちのことに首を突っ込まないでよね」
なんとも生意気な態度である。というか愛美が全面的に悪いのでこちらとしては全く味方をすることもできない。
「あの……今度からは私のほうで愛美さんが家に帰るように促すので、今回は勘弁してもらえませんか?」
「はあ……貴方も大概よ浅海くん。愛美に優しいのはわかるけど、少しぐらいきちんと言わないとこの子どこまでもつけあがるわ」
「祐介はわたしの味方だもん、ねえ祐介? わたしと一緒に入れて幸せだよね〜」
ふふーんと俺の腕にくっついてくる愛美の言うことは……まあ、全く否定はできないので苦笑するしかない。そんな俺の様子を察したのか、愛美はより一層嬉しそうに頬擦りをしながら身を寄せた。
「……仕方のない子よ。本当に」
「申し訳ありません。私がもっとしっかりすべきなんですけど……」
「でも……何故かは知らないけれど、これで良いのかもと思えるのよね」
すると、蘭子さんはさっきまでのイラついた態度からは一転して、柔らかな微笑みを浮かべながら紅茶を啜った。その様子はまさしく母親の優しさが滲み出ているようだ。
「ねえ浅海くん? 実はね。愛美ちゃんは男性恐怖症なのよ」
「ええ……その、伺っています」
「そんな子だから……今後も良い人は見つからないだろうと思ってたの。けれど今はそんなのが嘘みたいにこうして貴方というパートナーを見つけてる。
……ちょっと行き過ぎてる感じはあるけどね」
愛美の複雑な生い立ちを考えると、それを支えてきた母親としての苦労は本当に大変なものだったのだろう。
愛美から聞いている限りでは結構束縛しがちな印象を受けていたのだが、繊細で傷つきやすい愛美のことを思っての行動なら仕方がないように思えた。
「あの愛美がこんなにも明るくなって……親としては嬉しいのよ。もちろんあんまり顔を出してくれないのは寂しいけどね」
「お母さん……」
愛美が今更ながら申し訳なさそうにして俯く。
それを見て、俺自身も何か暖かいものを得られたような気がした。
「……そうね、愛美には色々と過保護にし過ぎたし。浅海くんという素敵な恋人がいるんだもの。
でもたまにでもいいから家に帰って来なさいよ?」
「うん……意地になってごめんねお母さん。
わたしも週に一回ぐらいは家でお父さんお母さんと過ごすことにするよ」
「それは助かるわ。お父さん愛美がいないと寂しそうで見てられないのよね。あと浅海くん?」
「はい。何でしょうか?」
すると、蘭子さんは深々と頭を下げて俺に頼みこんだ。
「愛美のことを……どうかこれからもよろしくお願いします。絶対に幸せにしてあげてね」
その目には薄らと涙が溜まっていて、こうして俺に頼むまでにどれほどの苦悩があったのかを窺わせるものだった。
「必ず。愛美さんと幸せになります」
「祐介……うん、もっともっと仲良くなろうね」
力強く宣言して、真っ直ぐに自分の意志を告げる。
愛美もそんな俺の言葉が嬉しいのか、顔を赤くして喜んでくれた。
「……さて。堅苦しい話はここで終わりにしましょ?
愛美ちゃん、浅海くんのどんなところが好きになったとか教えてくれない?」
「え?! 祐介の好きなところ……?」
「そうそう、私一度娘と恋バナとかしてみたかったのよね〜。ねえ、休日は二人でどんな風に過ごしてるとかも教えなさい愛美?」
……蘭子さんの雰囲気がとても柔らかくなり、そして楽しそうに愛美と会話を始める。
どちらかといえばこちらの方が蘭子さんの素なのかもしれない。その人懐っこさはやっぱりどことなく愛美に似ているような気がした。
かくして、俺と愛美は二人での生活からお互いがどう思っているかなどまでこと細やかに、根掘り葉掘り質問を受けることになったのだった。