第百二十五話 上梁純香の文化祭
突然のことに狼狽えながらも、せめて自分のできることをしようと劇を無我夢中で終わらせていく。
『あらまあ……ワタシは今どこにいるのでしょう?』
『おお、美しき人。貴女は今ワタシの側にいるのですよ。さあ、一緒にワタシの城へと帰りましょう。
貴女をワタシのお妃にしてあげますからね』
『……まあ、それは嬉しいわ! きっと一緒に幸せになりましょう!』
心にもない言葉を口から無理やり吐き出して、菊原さんの手をとって舞台袖に一度去っていく。
後は結婚式の場面で、お妃様が熱した赤い鉄の靴を履いて踊り狂う場面で終了だ。
「……水瀬さん。後で話があるんだけど」
「すまない、保食くん。責めは後で何なりと」
今にも沸騰しそうなほどの怒りをなんとか抑えながらも、その場はなんとか自分を律して劇に専念した。
劇が終わると、体育館のステージ袖で水瀬さんとボクは女子からの黄色い歓声で出迎えられた。もちろん男子からはなんとも白けた視線を向けられたし、小田巻くんに至っては歯噛みしたような顔をしていたけれど。
「えっ? もしかして水瀬さんと保食くんってそういうことなの?!」
「水瀬さん素敵……! でも保食くんとならお似合いって感じする〜」
口々に身勝手なことを言ってくる声を無視しつつ。
自分なりにかなり低い声で水瀬さんに話しかける。
「水瀬さん。さっきのはどういうことかな?」
「……実を言うと……保食くんが可愛かったからつい、ね? それに盛り上がったからいいじゃないか」
なんとも悪戯っぽく言うものの、ボクとしては全く洒落にならない。
急いで窮屈なお姫様の格好を着替えて、観客席にいるであろう純香を探すものの、そこには彼女の姿がない。
(純香……? どこに行ってしまったんだ……?!)
急いで周囲を探すが、人が多くてどうにも上手くならない。けれどボクには純香の行きそうな場所に心当たりがあったので、その場所へと足を運んだ。
特別教室棟の最上階の階段の踊り場。いつも昼休みに純香と一緒にご飯を食べている場所に向かうと、誰かが啜り泣く声が聞こえる。
もしかしてと思ってそこに近づくと……。
「純香! ああ……ボクのせいで……純香……」
「しのぶくん……ううぅ……しのぶくん……」
そこにいたのはやはり純香で、涙を流して隅っこに蹲ってしまっていた。そんな彼女の肩を抱こうとすると膝立ちになってボクに縋り付くように抱きついてくる。
「しのぶくんが……わたしのしのぶくんがけがされちゃったの……」
「ごめんね純香……アレは王子様役の子の悪戯みたいで……」
「うう……きれいにしないと……しのぶくんはわたしのものなんだから……」
するとボクの顔を強引に寄せて、無我夢中といった様子でキスをしてくる。
ぺろぺろと唇を重点的に舐め回して、どうにかして上書きをしようと必死なようだ。
ボクもそれに応えて彼女を落ち着かせるためにもキスをする。
数分間そうしていると、ようやく純香も少しずつ気持ちを落ち着かせ始めたようだ。
「忍くん……その、あの子は……?」
「あの子は水瀬さんって子で、なんでも悪戯でキスをしたみたいなんだ。なんとも迷惑な話だよね」
「……なんとなくわかるかも。忍くんかっこいいから……」
ぐすぐすと涙を拭いながらそういう彼女の言葉を聞くと、やはり外見だけを見てる人と彼女は違うなと感じる。そんな彼女を傷つけてしまったことをとても後悔してしまう。
「ねえ純香。もし純香さえよければ……一緒にボクのクラスへ行かない?」
「……? どうしてかしら?」
「ボクの彼女がこんなにも素敵なんだって、水瀬さんやクラスのみんなに見せつけたいんだ。
そうすれば……もう、こんなことは起きないと思うから」
「……そうね。今日は出来るだけずっと一緒にいて……私たちの仲をみんなに見せてもらいましょう」
そうしてキリッとした顔になった後にボクの手を取って純香が立ち上がり、確固たる意思を秘めて歩き出した。
「あっ……保食くん。さっきは……? その人は?」
「水瀬さん、紹介します。ボクの恋人の……」
自分のクラスに戻って水瀬さんに声をかけて、謝罪を促そうとすると、その言葉を純香が遮ってボクの顔を寄せて……。
そのまま、深く長く口づけを交わした。
ひゃっ?! という水瀬さんの声が聞こえたけれど、今はそれどころじゃない。
しばらくそのままキスをした後にようやく離れた後に、ボクを抱きしめたまま純香が水瀬さんを睨みつつ静かに伝えた。
「……この人は私のものなの。つまみ食いは許さないわ」
「あっ……その、ご、ごめんなさい……」
「わかってくれたらいいのよ。……行きましょう忍くん」
ボクが何も言葉を発さなくても、伝えたいことはわかったようなのでそのまま教室を後にする。
唖然としたクラスメイトたちを後にしてそのまま文化祭で賑わう校内を純香と手を繋いで歩いていった。
ボクたちの文化祭は始まったばかりだ。