第百二十四話 保食忍の文化祭
体育館のステージ袖でボクはすっかりと緊張しつつ、自分のおかしな格好に何か不備はないかと一応はチラチラと探す。
ボクの今の格好はチープなドレスで、演劇部から借りたものだ。
最上院学園の文化祭ではある程度のルールがあって、生徒が出店する際はいくつかの規則を守らないといけなくなっている。
それは例えば一年生は飲食物を出店できないとか、その程度ではあるものの、なんだかんだで面倒なものだ。
ボクのクラスでは演劇ということで、男女がそれぞれお互いの役を交換して演じるということになってしまった。そして……。
「保食くん、やっぱりすっごく似合ってるよ〜」
「ほんとほんと、どこから見ても女の子って感じ」
「かわいい〜! 妹にしちゃいたいぐらい」
ボクは半ば強引にヒロイン役に抜擢されてしまった。
ちなみに演目は白雪姫だ。ボクはメインヒロインなので覚える台詞も多くて大変だし、正直こんなふうに女の子の格好をして揶揄われるのは嫌だけど、クラスの女子からの熱烈な支持には勝てなかった。
「ボク……じゃなかった、ワタシ、そんなに似合ってるのかな……?」
「いや〜想像以上だよ。今度からスカート履いて学校に来てほしいぐらい」
衣装担当の女子生徒のキラキラとした目がとても眩しいけど全く嬉しくはない。常日頃から男らしさに憧れを抱いてるぐらいなのに、こんな風に褒められてもなんだか惨めになるだけだ。
それに男子からの反応も正直良くはなさそうだ。女子からのチヤホヤされてるのが気に食わないのか一部の男子は少しムッとした態度でボクを見てくるし、一部の男子の目は……なんだか怖い……。
「しのぶちゃーん? よく似合ってるじゃん?
まさしくお姫様って感じだよなぁ〜!」
小田巻くんがニヤニヤとしてボクを馬鹿にしてくる。ムカついたので睨んでみたけどあんまり効果はないみたいだ。
ちなみに彼は大道具担当なので劇には出ないのだ。こういう時に要領良く自分の都合の良い役回りを演じるのも腹が立つ。
「保食くん。セリフは大丈夫?」
「あ、水瀬さん。……大丈夫です。きちんと覚えてきてます」
水瀬さん……王子様役の女子で、一部の女子生徒からは人気があるほど顔立ちが凛々しくて綺麗な人だ。同じ中学校出身だけどほとんど話したこともない。背はボクよりもずっと高くて、160cm後半といったところだろうか?
ショートヘアで切長な目がとてもかっこよくて、男の子だったら何人もの女子に告白されていただろう。
彼女は演劇部でもあるので、劇なんて王子様役なんてお茶の子さいさいといった様子で余裕たっぷりだ。
「しかし保食くん……本当にかわいいね。
女として嫉妬してしまうぐらいだよ」
「ははは……ありがとうございます、王子様」
少々の嫌味を込めて言ったつもりだったのだが、そんなことは特に気にも留めずにボクのことを見て何度も頷いている。
その目はなんというか……いや、確実にどこか熱っぽいものがあるように思える……。
「み、水瀬さん。そろそろ開幕の時間になりますよ?」
「おや、キミに見惚れていたらもうそんな時間か。
一緒に劇を盛り上げていこうねお姫様」
キザったらしい言葉も水瀬さんが言うと様になるのがなんとも悔しいものだ。
そんなこんなで、劇が幕を開けた。
『鏡よ鏡、この世で1番美しいのは誰?』
『それは白雪姫です……』
劇自体は特になんの問題もなく進行していく。
こんな格好で人前に出るのはとても緊張したけど、純香と何度もセリフ合わせをしただけあって噛むこともなくスムーズに演技ができる。
途中に何度か男の子の女装で笑いが起こっているあたりは狙い通りと言ったところだろうか。
『料理して、ベッドを整え、洗濯して、縫ったり編んだりして、全部きちんときれいにしてくれるなら、一緒にいてもいいよ』
『ええ、もちろんなんでもするわ』
小人役の女の子にセリフを返していく。
観客席をチラリと見ると、なんとそこには純香の姿があった。
……純香には今の姿を見てほしくはなかったのだけれど、でもこうして彼女との努力の成果を見せられるなら来てくれて良かったかもしれない。
こちらの視線に気づいたようで、控えめにふりふりと手を振ってくれるのがとても心強く感じる。
そうこうしていくうちに、劇も終盤になって白雪姫が毒林檎を食べて眠ってしまった後、王子様がボクのことを起こす場面になった。
『ああ、美しい人よ。どうか眠りから覚めて、ワタシのことを愛してはくれないだろうか?』
棺の中で眠っている白雪姫に王子様がキスをする場面だが、当然だが本当にキスをするわけではない。
ただ顔を近づけるだけで、チュッというリップ音を響かせる……だけのはずだったのだが。
「……ごめんね?」
「えっ……?」
目を瞑って水瀬さんの気配が近づいてきたかと思うと、ボソッと何故か謝罪の言葉を告げられる。
そのままボクの唇に何か柔らかいものが当たって、それが水瀬さんの唇だと気づいてしまった時には、女子生徒の黄色い歓声が上がっていた。