百二十二話 もう一組のお話
「上梁さん、またね〜!」
「また今度、お店に遊びに行くよ」
手を振って保食達と別れる。
彼らの仲の良さはとても目に毒というか、見ていて胸焼けを起こしてしまうほど甘いものだったのだが、その人のよさからまたいつか遊びたいと思った。
「……ほーんと、祐介にしては珍しく好意的だよね。保食くん」
「……まあ、なんというか……似たもの同士なのかもな」
保食忍という人は……どちらかと言うと、あまり人付き合いが得意な方ではないのだと思う。
それは俺と同じで、もしかすると何かしらの辛い過去から人間不信になってしまっているのかもしれない。
けれど、彼は俺と違って彼女への配慮が徹底しているし、その小さな身体では考えられないほどの漢気に溢れていて、純粋に人として尊敬できる人物だと思った。
「……うん、上梁さんも変わってた。昔は……生き急いでいるみたいで話しかけ辛かったのに、今はとっても優しいお母さんみたいだったもん」
「保食の人徳だろうな。良いやつだよ」
うんうんと腕を組んで歩いていると、愛美が不機嫌になって背中に頭をぐりぐりと押し付けてくる。
「祐介は祐介で優しくて良いところあるの!
それにぼくよりも保食くんが高評価みたいで気に入らない!」
「お前は……俺みたいなやつを友達にしてくれた恩人だからな。愛美以上の親友はいないよ」
それを聞いたのか、今度は一転して背中に抱きついたのか、柔らかい感触が背中に当たった。
こいつは俺がそうすると喜ぶことを知ってか知らずか、隙あらば自分の身体を押し付けてくるので、表情に出さないようにするのが大変だ。
「……良いこと言うじゃん。今日はとことんまでご褒美してあげるね」
「……ほどほどにな?」
今日は、ではなく今日もなのであまり深くは考えないものの、体調とかは大丈夫なのだろうか?
身体は女の子なのだから、そう毎日していても良くないものがあるだろうに。
旅館に着いて、慣れた手つきでチェックインして二人で部屋に入る。
早速俺の前で浴衣に着替え、うきゃーっとゴロゴロと畳で寛ぎ始めた愛美に声をかける。
「愛美、一応言っておくが……俺のために無理しなくていいからな?」
「? 何のこと?」
「いや……その、ご褒美」
「へ? 無理?」
心底何を言っているのかわからないと言った様子で俺の顔を見てくる。
いや……まあ愛美が性欲強いのは知ってるけどさ。
「いや……愛美も女の子の身体だから、そういうのが辛い日があるんだろうと」
「ああ、生理? それなら平気だよ〜お薬飲んでるもん」
ケロッと愛美が答える。それは初めて聞いた。
というかそういうことは先に知っておくべきだと自分の中で後悔してしまう。
「たまーにダメな日があるけどね。その時はきちんと言うよ。それにぼくは重いほうだから、いつも飲んで対策してるんだよ」
「おう……その話、聞いておくべきだったが、生々しくてあまり聞きたくはなかったな……」
「……男の子ってやっぱりめんどくさいよね」
なんでもそういうものが起き始めた時から、その症状の重さと色々と自分の中で思うことが多くあり、母親に頼んで薬を服用しているらしい。
普段過ごしていてあまりそういった素振りを見せないので心配していたのだが、そういった事情があったのか……。
「でもね〜あんまり教えたくはなかったんだよね。
自分が女の子!って感じがしてとっても嫌だし……」
「?」
「その……」
すると、何やらもじもじとして俺の側に近寄って耳打ちをしてくる。そしてボソボソと俺の耳になんとも言えない言葉を告げてきた。
「いざという時に、とっておきのご褒美にできるから、ね?」
「……お前なぁ……」
愛美の発想には呆れるような、でもそれに心を動かされてしまった俺自身への嫌悪感が湧くような微妙な心境になる。
そんな心情を察したのか、にしし〜と悪戯っぽく笑いながら愛美が正面から抱きついてくる。
「でも嬉しいなぁ〜ぼくのことをそんなに心配してくれるなんて♪ あと祐介とするのはほんとにとっても楽しいからむしろもっともっとしたいぐらいだよ」
「……自暴自棄になるようなことじゃないなら、俺はいくらでも付き合ってやるからな」
「……言ったな〜? そんな生意気で、わたしをいつも喜ばせる悪い口はこうしてやる!」
頭をぐっと引っ張られて、いつものようにキスをされる。それは深く確かめるようなもので、何度も息継ぎをしながらしつこく、ねちっこく途切れないように舌を這わせてきた。
「……愛美? ご飯とお風呂は?」
「……その三択なら……今は祐介が良いな」
とろんとした目は冗談を言っているようには見えない。既に出来上がってしまっているようだ。
「……我慢しなさい。俺も我慢するから」
「えぇ〜……。じゃあ我慢した分、いっぱいしてね」
とは言いながらも、俺に身体を押し付けたり啄むようなキスを止めるようなことはしない。
仕方がないな……と思いながらも胡座を組んで、愛美をそのまま膝の上に乗せてされるがままにしておく。愛美は小さいのですっぽりと収まる。これがいつものお気に入りなようだ。
「ねえ祐介、愛美って呼んで?」
「……愛美」
「……ぁ、はぁ……うん、いつも通り、ゾクゾクするね」
そういうと、また口づけを交わそうとしてきて……
「失礼します。浅海様、ご飯の用意ができました」
扉の向こう側から声が聞こえてくる。
正直これ以上は自分も耐えられるかわからなかったので良いタイミングだ。
「あ、お願いします。……愛美」
「むぐぅ……! ……よし、こうなったらたくさん食べて栄養つけるよ。おあずけしたぶん覚悟してね祐介」
そんなに食べられないだろうに。と思ったものの、いや俺はもっと食べてきちんと備える必要があるな……とまじめに考えてしまった。
その後はなんともギラギラした目で見つめられながら食事をとった。そこまで高級な旅館にしたつもりはないのだが、やはり海が近いからか主に魚介類はどの料理も美味しい。
なお、やっぱり愛美は食べきれなかったようで、三分の一ほどは俺が食べることになった。
しばらく二人でテレビを見ながらダラダラとして食休みをした後、愛美がまた目を輝かせながら告げる。
「お風呂! 入るよ祐介」
「……そうだな。もう良い時間だし……」
と、早速大浴場に行こうとして部屋の扉に手をかけると、ガシッとその手を掴まれて制止される。
「どこへ行こうというのかね〜?」
「……お風呂」
「むふふ〜……お風呂一緒に入ろうよ」
うん、わかってたけどさ。
ちなみにこれは別に珍しいことではない。
愛美は事あるごとに俺との裸の付き合いをしたがるので、ほとんど毎日と言って良いほどお風呂は一緒に入っているのだ。
「今日も思いっきり祐介の疲れを癒してあげるからね〜! 温泉楽しみ〜」
「……あまりお湯は汚すなよ……」
そんなささやかな抗議は届くこともなく。
今日も愛美と俺は存分に友情を深めたのであった。