第百二十話 北海観光
というわけで図らずも一緒に観光することになったボク達と浅海くん柳城さんだけど、案外気が合うというか相性は良いみたいだった。
「ここの温泉饅頭は美味しくてな。お手頃だしお土産にどうだ?」
「ちっちゃくて可愛いね。一つ味見してみようかな……」
地元民の浅海くんの案内はとても助かる。
隠れたお手頃な価格のレストランに案内してもらって舌鼓を打った後、こうして良心的なお土産屋さんまで紹介してもらっている。
「浅海くんって何組なの?」
「俺は5組だな。君は?」
「ボクは2組だよ。なんだか浅海くんって落ち着いてるから同学年とは思えないや」
浅海くんはどこか素っ気ないというか、少し冷たい印象があったけども、それはうわべだけのようだ。
話してみると面倒見が良くて気配りができる。
それに所作もどこか上品なものがあって、見習いたい人だった。
「……愛美達、遅いな」
「……そうだね。迎えに行ってみようか」
それはそうと、二人でトイレに行った女子達が帰ってくるのがあまりにも遅いので心配になる。
もしかしたら思い出話に花を咲かせてるだけで杞憂なのかもしれないけど……。
そう思って二人で心なしか急いで探してみると、恐れていたようなことが起こってしまっていた。
「可愛いねえ二人とも。旅行かな?
ちょっとそこいらへんでお茶でもしない?」
「……困ります。私たち彼氏がいるので」
「……ひぃ……あ、あぅぅ……」
「おいおい怖がってんじゃんw!
安心してよ〜俺たちが優しくエスコートするからさ!」
チャラチャラした男二人が純香達に話しかけてナンパしようとしているみたいだ。
柳城さんは純香の背中に隠れて震えてしまっている。それを見た瞬間カッと身体が熱くなり、怒りのままに二人の元へ駆け寄った。
「純香! ……すいませんが、この子はボクの彼女なんです。お引き取り願いますか?」
「あ? なんだよこのチビ。弟の間違いじゃねーの?」
「あの……いいですか? これ以上しつこいと警察を呼びますけど……?」
「は?! 待てよそんなんで警察呼ぶとかバカかよ?!」
遅れてやってきた浅海くんが携帯に手をかけて冷静に伝える。その声も言葉も静かだが、どう見ても雰囲気は怒っていてピリピリとしている。
「軽犯罪法とか、未成年への声かけで動いてくれるんですよ。……いい加減にしてくれませんか?」
「……チッ! わーったよ。クソガキども……」
流石に警察を呼ばれるのは割に合わないと感じたようで、ようやくナンパ男達がすごすごと引き下がる。浅海くんは最後まで毅然とした態度を崩さず、彼らの背中を睨みつけていた。
「……怖かったよ〜! 祐介〜!」
「ああいう手合いがいたら俺をすぐ呼べって。
ああ……よしよし。よく耐えたな愛美」
柳城さんが浅海くんに飛びついて慰めてもらっている。まるで小学生のようだけど、あんな目に遭ったのならそういう反応になるのは仕方がないと思った。けれど、ボクは何もできなかったな……。と内心でガックリして落ち込んでいると……。
「忍くん……ありがとう。とても素敵よ」
「……ボクは何もできなかったけどね」
「いいえ……駆けつけて私達の前に立ったあなたの姿は……まるで王子様みたいだったわ。
思わず惚れ直してしまうぐらい……貴方はとてもカッコよかった」
純香がボクを包み込むように抱きしめてくる。
その時初めて、ボクは自分の身体が震えていたことに気づいた。それはそうだろう。自分よりも年上で身体の大きな男の人たちの前に躍り出たんだから。
「保食、君は漢気があるな……俺とは大違いだ」
「浅海くん……そう言ってもらえると嬉しいよ」
浅海くんに褒められると共に、抱きあった姿を見られて思わず赤面してしまった。
けれど、あの時に咄嗟に自分が動けたのはひとえに純香への想いが原動力だったと思う。
純香と出会えて、ボクも少しは変われたのかもな……。
その後は他愛無い話をしながら、お饅頭屋へと戻った。
「祐介……? なんか保食くんには親しくない?」
「ん……? そうか? 保食はなんか話しやすくてな。それに地元の案内をしてるだけだ」
少し不機嫌になった柳城さんが浅海くんの腕にくっついて離れようともしない。
どうやらボクにヤキモチを妬いているらしい……。
柳城さんぐらい可愛い人なら浅海くんはベタ惚れだと思うのだけど、それでも恋人が他の人と親しいのは嫌なのだろうか? けっこう独占欲が強いみたいだ。
「柳城ちゃん。そんなに不機嫌にならないで……。
はい、お饅頭……美味しいわよ」
「あむ……。ほんとだ! 美味しい……!
でも食べ過ぎたらお夕飯食べられなくなりそう……」
「ほら……口を拭いてあげるわ……」
純香はふふふ……となんだか楽しそうに柳城さんの面倒を見ている。どうやら柳城さんのことを気に入っているようだ。
それはそれでなんとなくモヤっとするな……。
「純香……」
「あら、こっちにも……はい、綺麗になったわ」
ハンカチを折りたたんで純香がボクの口元を拭ってくれる。柳城さんにふふーんと見せつけると、少しジトっとした目で見られた。……恥ずかしいな。
「上梁さん……。変わったね。昔は勉強とか部活一筋って感じで近寄り難かったのに……」
「そうね……。忍くんと出会えて私……変われたのよ。
好きな人が出来るって素敵なことね。
そういう柳城さんも……そうじゃなくて? 今は……とても柔らかな表情をしてるわ」
「……うん。祐介と出会えてわたし、今幸せだよ」
不意にそんなことを言いながら、純香がボクの手を繋いで微笑みかけてくる。
浅海くんもボクもそんな彼女たちの微笑む様子に少し照れてしまった。
「……そっちはなんとも仲睦まじいみたいだな。
もし良ければ、まだまだ穴場の観光スポットがあるから一緒に行くか?」
「うん。浅海くんの紹介なら楽しめそうだね」
その後は秘宝館という施設や、秋の海辺ではしゃいで遊んだ。自分達だけではとても回りきれなかったと思うので、浅海くん様様だ。
夕方になりそろそろ宿泊施設に帰ろうかという時間まで遊んだ後、浅海くんがボクたちに声をかけてきた。
「……そういえば、今日はどこに泊まるとか決めてるのか?」
「ええと……ボクたちは……」
宿泊予定の施設の名前を伝えると、浅海くんがホッとしたような顔をした。
「……そこか、じゃあ大丈夫そうだな。
少し待っててくれるか? 色々と電話してお願いしてみるから」
浅海くんはそのまま何度か敬語で電話をかけ始める。どういうことなんだろう? と見ていると柳城さんがこちらに耳打ちで捕捉してくれた。この1日ですっかりボクたちと打ち解けたようだ。
「たぶん、祐介の家の知り合いのお店なんだと思うよ。割引できるかどうか聞いてるんだね」
「ええっ?! そんな悪いよ……」
「良いの良いの。厚意はとりあえず受け取っておいて、今度何かしらで返してくれれば良いって祐介は言うだろうし」
すると、話がついたようで浅海くんがボク達の方に向き直り、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「上手くいった。ちょっとだけ割引しておいたよ」
「あ、ありがとう浅海くん」
あれ? 案外あんまりお得感が無いな……? と厚かましくも思ったが、それでも普通にお金を払うよりはお得になると聞いて嬉しくなる。
「……祐介? ちょっとってどれくらい?」
「ん……? いや半額にしてもらった」
前言撤回。1割引ぐらいだと思ってたらガッツリとお安くなっていた。浅海くんの感覚だとちょっと、みたいだけど半分の値段で泊まれるのはかなり助かる。というか採算とれるのかな……?
「良いの……? 浅海くん。今日会ったばかりの私たちに……」
「ああいや、今日はそれなりに楽しかったから……。
これはお礼ってことで、後は口止め料かな」
祐介太っ腹〜っと柳城さんが浅海くんに抱きついている。なんとも気前の良い人だ。
あと今日一日で柳城さんは何かにつけて浅海くんに抱きついているけど、浅海くんは慣れているのか全く動揺もしないのがなんとも言えず可笑しい。
「じゃあ、連絡先教えるから何かあったら連絡してくれ」
「うん、浅海くん。本当にありがとうね」
「……まあ、今度何か奢ってもらう……。そうだ、また中華料理屋に行った時おまけしてくれるか?」
それくらいならお易い御用と握手して、連絡先を交換した。考えてみると……クラスの違う男子と連絡先を交換したのはこれが初めてだ。
柳城さんも純香と連絡先を交換したみたいで、ボク達は互いに何度も振り返りながら、手を振って別れた。
ボクにも……初めて友達と言える人ができたのかもしれない。