第百十九話 偶然の再会
北海の街は温泉街だけあって、そこかしこに観光客向けのお土産屋さんや飲食店、軽食屋が並んでいる。
ボクたちはとりあえずはホテルにチェックインする前に、そこいらへんを歩いて観光気分を満喫することにした。
「北海神社っていうところが有名みたいだね。
大楠の樹が霊験あらたかみたいで、もし良かったら行こうか?」
「そうね……どんなご利益があるのかしら?」
「ん……なんでも幹を一周回ると寿命が延びるとか、
恋愛成就とかあるみたいだよ」
「……パワースポットってことかしら?
でも楽しそう……行ってみましょう」
行き先の決まったので手を繋いで一緒に最寄り駅まで電車に乗る。ボクとしては少しでも純香の身長に追いつきたいので、神頼みも辞さない構えだ。それに彼女と少しでも長く居られるというのも嬉しい。
神社の最寄り駅には、平日だからかそこまで人が多くなく、結構空いてる印象だった。
もしこれが休日だったら人がごった返していたかもしれない。
「紅葉が綺麗ね……こうして景色に想いを馳せるなんて……いつぶりだかわからないわ」
「うん……純香と一緒だと、なんだか世界が明るく見えてくるよ」
純香は……親にネグレクト気味に育てられて、そのうえ自分を追い詰めるあまりに軽いうつ病を発症していたと聞く。
最近ではボクと一緒にいる時はそういう面を表には出さないけれど、過去にはもっと精神的に辛い時期もあったのだろう。彼女のためにも少しでも側にいて、心を癒やしてあげられたらと思う。
神社に向かう道を歩いていくと、平日だというのにボクたちと同じように学生のカップルがいることに気づいた。もしかするとズル休みをしているのかもしれないな……と内心で思っていたら……。
「……あ! ……どうしましょう、忍くん」
「……? どうかしたの?」
「あの子……私の知り合いの子なの……」
……何という偶然だろうか。まさか旅行先で知り合いに、しかもズル休みした時に会うとは。
でも相手も平日にこんなところにいるのだろうし、それに知り合い程度なら別に関わる必要もないだろう。
「……でも、ビックリしたわね」
「? その人がどうかしたの?」
「いえ……その子……私の同級生だった子で、柳城愛美さん……ていうの。ほら、以前バイト先にも来てたわ。あの子が彼氏を作るなんて……」
「え! バイト先にも来てたの?
そうか……じゃあ知らない人でもないのか」
バイト先にも来てたということは、ひょっとしたらボクたちと同じ学校の生徒なのかもしれない。
そしてこんな時間にここにいるということは……。
「あの……すいません、ちょっといいですか?」
思案をしていると、こちらに学生と思しき年齢の男の子が話しかけてきた。少し目つきが悪いものの、どこかでみた顔だ。隣には小柄なショートヘアの少女が腕にくっついている。
「その……もしかして、上梁さんでしょうか?」
「ええ……そうよ。柳城ちゃんと……彼氏さん?」
「はい、俺は浅海と言います」
……苦笑いする浅海くんの顔を見るに、どうやらボクたちと何か話がしたいみたいだった。
とりあえずは一緒に喫茶店に行きませんか?と誘われて、純香と話し合ってついていくことにした。
「いや……まさかズル休みしてる生徒が俺たち以外にもいるとは思わなかったよ」
「そうだね……ボクもここで同じ高校の生徒に会うなんて思わなかった。それに純香と柳城さんは知り合いなんだよね」
「あ……そ、そうなんです……」
「……久しぶりね。元気にしてたかしら?」
浅海くんは最初は丁寧に応対していたものの、こちらが崩していいというと良い感じに砕けた口調になってくれた。ただ、柳城さんは緊張しているのか未だに浅海くんの腕にひっついてこちらを警戒しているようだ。
「は、話しかけてごめんね……上梁さん……」
「良いのよ……でも意外ね。柳城さんが彼氏を作るなんて……」
柳城と呼ばれている少女は可愛らしいショートヘアの女の子だ。身長はボクと同じか少し低いぐらいで、けれどスタイルは良さそうに見える。
容姿は良いのでモテそうではあるのだが……?
「あー……愛美はこの通り人見知りなんだ。
親しい人じゃないとこんな感じでな。
一応さっきまでは元気だったけど、上梁さんたちにズル休みを咎められると思って怖がってるみたいで」
「そんな、ボクたちもズル休みしてるから大丈夫だよ。お互い今日のことは内緒にしておこう」
「そうね……協力して、隠しましょう」
お互いの利害は一致したようだ。聞くところによると、浅海くんたちもボク達と同じように宿泊研修がどうにも嫌だったので、ズル休みをして一泊二日の小旅行に来ていたらしい。
「俺たちは俺たちで観光する予定だから、変に気を使わなくても大丈夫だ」
「そうなんだ。わかったよ浅海くん。
じゃあ今回のことはボク達の間での秘密ってことで」
その後は、なんでもここ北海が地元らしい浅海くんからおすすめの観光スポットを聞いた。
すると、なにやら純香が話したいことがあるようで、柳城さんに向けてお願いをし始めた。
「柳城ちゃん、もし……もし、迷惑でなければなんだけど、一緒に観光しないかしら?」
「え? ……え、ええと……そのぅ」
あたふたと柳城さんが戸惑いはじめる。
それもそうだろう。あまり仲の良いとは思えない元同級生に、恋人との時間を邪魔されそうになっているのだから。
けれど、どうして純香はそんな提案をしたんだろうか?
「わ、わたしは……大丈夫だけど、上梁さんの彼氏さんは……?」
「ボクは純香の言うことには賛成するよ」
「俺はどっちでもいいぞ」
「あ……あぅ……じゃ、じゃあそうする……」
思ってたのと違う……と言いたげな様子で柳城さんがうめく。ボクとしては純香の願いを叶えてやりたいので賛成はしたものの、確かに柳城さんと同じでどうして?という気持ちが大きい。
「ありがとう、柳城ちゃん……。一緒に北海を楽しみましょうね」
「う、うん……よろしくね、上梁さん……」
一体何を考えているんだ……?と訝しみながらも、たぶん純香のことだから深い理由があるんだとあまり深刻には捉えずに、ボクたちは一緒に観光することにした。