第十一話 しがみつく
四葉さんの怪我はかなり深刻なものだ。
それは頭の怪我もそうだし手足の骨折もだ。
だからこそ、骨の癒合にはかなりの時間を要するとのことで、普段からの静養が求められていた。
実際のところ、四葉さんは相当な痛みを感じているはずなのだが……俺と一緒にいる時はあまりそういった素振りがない。もしかすると自分の弱った姿を見せまいとしているのかもしれない。
けれども、そうした日々はやはりストレスが溜まるようで、四葉さんの母親に呼ばれて一旦四葉さんの家に向かい趣味の品を病院に差し入れすることにした。
(相変わらずすごい剣幕だ……)。
四葉さんのお母さんの徳子さんはあの日以来自分のことを目の敵にしているらしい。娘を傷つけたうえあまつさえ誑かそうとしている男だ。当然の反応だと思う。
四葉さんの家に立ち寄った時にも家の敷居すら跨がせないという雰囲気がひしひしと伝わってきた。
「その……徳子さんはお見舞いには行かないんですか?」
「……あなたがそれを言うのね」
底冷えするような怒気を隠そうともしない声。
「四葉は……あの子は、私よりもあなたがいるほうが喜ぶのよ。私が以前お見舞いに行ったら、あの子はどういう態度だったと思う?」
すると項垂れて、絞り出すように続けた。
「まるで……まるで、何も見ていなかったのよ。
たしかに返事はしてくれるし何をしてほしいとかは伝えてくれるのだけど、それだけ。
……いてもいなくても同じ。そんな気持ちが……伝わるの」
そして、こちらの肩を掴んで、頼み込むように涙を流して懇願した。
「ねえ……あの子を返して……!
あの子の腕を、脚を……あの子の心を返してよ……!」
啜り泣く凛堂さんに、何を伝えればいいのかわからずにそのまましがみつかれていた。けれど、何故だかわからないが……
ほっとしていた。
ああ、やはり自分は赦されない罪人なのだと。
そう、確かめてもらえたような気がして。
約束の時間より大きく遅れて病室に入った。
「四葉さん。今日はお見舞いに四葉さんが好きそうな映画を何本か持ってきましたよ」
ぷいっと顔を背けられる。
……うーむ。やっぱりそうか……。
「……あー。四葉? おもしろそうな映画だから一緒に見よう、よ?」
今度はにっこりと微笑んで預かっていた袋の中身をベッドの上に並べて吟味しだした。
……どうやら敬語は嫌いなようだ。あれから何度か四葉さんと呼ぶと決まって機嫌を悪くしてしまう。
ノートパソコンを取り出し指定された映画を再生しようとする。するとぽふぽふとベッドの脇を叩きだした。
「えーっと……ベッドに並んでってこと?」
こくん。とうなづいたのでそうらしい。個人病室のそれなりの大きさのベッドなので、二人で並んでもギリギリ大丈夫そうだ。けれどもそれだけでは駄目なようで、無言で腕を絡めてきた。当然だけれども、その豊かな胸が腕にあたりドキッとする。
(この人。もしかしてこのために映画を観たがったのでは……?)
疑問を抱きながらも、パソコンの画面に集中することにした。初めてのキスの時から感じていたことだが……四葉さんは何故だかとても良い匂いがするのだ。
その匂いを嗅ぐたびに自分が何故こんなことをしているのかという困惑と、この甘い触れ合いへの感情で心がぐちゃぐちゃになってしまう。
なんでも四葉さんの趣味は恋愛ものの映画の漫画、その他全般らしい。小説やドラマなど沢山の恋物語を熱心に観ていることが多く周囲からもお墨付きだとか。
持ち寄った映画も以前四葉さんが気に入っていたもののDVD化作品のようだ。……もちろん自分は初めてみるものだけど。
(しかし……どこが楽しいのかわからないな……)。
予想通りというか……若い女性向けの作品は自分には合わないようだ。あくびを噛み殺しながらも四葉さんに失礼だと思い必死に映画を鑑賞する。
ふと横にいる四葉さんを見てみると彼女は全くと言っていいほど画面とは別方向の……自分の方を向いて見つめていた。
「えっと……四葉? つまらないなら……別のを……」
じーっと眺めてそのままゆっくりと顔が近づいてくる。
相変わらず、少し頬がこけていながらも整った可愛らしい顔立ちだ。大きな瞳には自分が困っている顔が映し出されて、目と目が合うとじっと見つめ返された。そしてそのままふにっと頬にキスされた。
「映画、興味無いのか……?」
なんだか盛り上がっている映画を尻目に、
自分の胸にまるで甘えるかのように頬擦りする四葉さんはやっぱり、よくわからない人だった。