第百十八話 もう一組のズル休み
『ねえ忍くん……宿泊研修……なんだけど……』
『……休んでしまわないかしら?』
そんな純香の提案は、なかなかに抗い難いものだった。そもそもボク、保食忍にはクラスでのまともな友達がいないし、純香とは学年が違うので接点も無いのだ。それならいっそ一緒に休んでしまったほうがお得なように思えた。
「純香、意外と大胆だね」
『だって……忍くんがいないご飯なんて……。
美味しくないに決まってるわ』
そういえば宿泊研修中にはボクと純香は会うことも、連絡をとることもできなくなると考えると、ボクがいないとまともに食事を摂れない純香にとっては死活問題になりうるかもしれない。
「それなら仕方がないよ。一緒に休んで……。
そうだね。どこか遠くに遊びに行こう?」
『それは……とっても素敵ね。私……忍くんとなら何処へいっても楽しめると思うわ』
と、提案しておいてなんだが、何処に行くか迷ってしまう。お金自体はボクも純香もアルバイトで一緒に貯めているのでそれなりにあるものの、純香とのデートでこれまで行ったことのないところというと……。
『ねえ……忍くん。もし良かったらなんだけど……』
「何処かいい場所があるのかな?」
『ええ……その……温泉とか、どうかしら?』
少し控えめに提案してきたそれは、ボクにとってはとても魅力的なものだった。
「……一緒に、お泊まりするの?」
『う……うん。忍くんと……お泊まりしたいな……』
これは……つまりはそういうことととってもいいのではないだろうか?
そうして男として期待を込めながらも、待ちに待ったズル休みの日が来たのであった。
「純香! 待たせてごめんね。今日も綺麗だ」
「忍くん……! 嬉しいわ、貴方もいつもと同じでカッコいい……」
駅前で待ち合わせをして、純香に抱きつく。
純香の今日の格好はロングスカートに白のセーターとシンプルながらも清楚な感じで、純香にとても似合っている。
最近ではほぼ平均的な女子と同じぐらいにまで体型が元に戻ったこともあり、日々抱きつくたびに柔らかさが増しているのを密かに確認できて嬉しい限りだ。
「忍くん……よく親御さんの許可が下りたわね」
「ああ……説得に説得を重ねてね。でも最終的にはボクたちのことを祝福してくれたよ」
藤雄さんが渋ったのだが、桜さんと一緒に長時間、説得をしてようやく折れてくれたのだ。
彼女を大事にしなさいと真剣な表情で言われて、一も二もなく返事をしたのを思い出す。
「じゃあ……行きましょうか、楽しみね……」
「うん、電車も空いてるだろうし、
早めに行ってそこらへんを散策しようよ」
2人で頷きあって、一緒に手を繋いで電車に乗った。今日訪れる温泉は北海という温泉地で、海も近くにあるし、緑豊かな場所なので紅葉も楽しめるだろう。温泉に入るのもいいし、街を観光するのも楽しそうだ。
「……ドキドキするわね……学校をサボって……こんなことをするなんて」
「うん……ボクたち不良だね」
手を繋いで見慣れた街から遠ざかっていくのを感じると余計にそう思えてきて、けれどとてもゾクゾクする。
人に少ない電車の中で、まるで世界にボクと純香しかいないみたいだ。
「北海……楽しみだな」
「そうね……忍くんと初めての旅行だもの。
目一杯楽しみたいわ……」
しばらく電車が走っていくと、視界が青く染まって、綺麗な海と青空がボクたちを出迎えてくれた。
ボクたちのズル休みは始まったばかりだ。