第百十七話 二人だけの宿泊研修
翠ちゃんの策略により、宿泊研修を休みことになったので、いっそのこと堂々と遊ぼうかということになった。僕としても宿泊研修なんて全く興味のないイベントだったので、翠ちゃんの行動は渡りに舟だったように思える。
というわけで、いつかのように2人でキャンプに行くことにした。親には口裏を合わせてもらっているので大丈夫だろう。
2人で色々と準備をしていつものキャンプ場へと向かうことにした。
家の前で待ち合わせをして、そのままバスに乗り込むので時間も短縮できるのがいいところだ。
「翠ちゃんがキャンプを好きになってくれて嬉しいよ。僕も1人だとどうしても簡単な料理になりがちだからねぇ」
「そうね。はじめは幸平くんの趣味にあわせただけだったけど、今では純粋に楽しく思ってるわ。
周囲との喧騒から離れて、幸平くんと同じ時間を過ごせるのがとても好きよ」
よく晴れた天気の中でバスに乗り、森が深くなっていくのを感じる。今日は絶好のキャンプ日和なのだが、平日ということもありバスに乗っているには僕たちと地元の人だけのようだ。
「今日はBBQをする予定だからね。一応お肉以外にもお魚とかお野菜は持ってきてるから、翠ちゃんでも楽しめると思うよ」
「それは楽しみね。なんだか本格的でワクワクしてくるわ」
相変わらず翠ちゃんの表情は硬いものの、長い間一緒にいるととても上機嫌になっていると感覚的にわかる。今日も翠ちゃんを喜ばせられそうで良かった。
バスを降りてキャンプ場への道を進んでいく。
何度か2人で来た道なので迷うこともなく、10月も終盤にさしかかって色づき始めた紅葉がとても美しい。過ごしやすい日和といいこの季節はとても好ましい。
キャンプ場につき、慣れた手つきでテントを張って薪を借りてBBQの準備をする。網は小さいものの、2人でゆっくりと食べる分にはこのぐらいの方がお手頃でいいだろう。
クーラーボックスから食材を取り出して、一つ一つを丁寧に焼いていった。
「随分と豪華なのね。どれも美味しそうだけど……。
結構なお金がかかってしまってない?」
「ああ、アルバイトのお金もあるけど、母さんがカンパしてくれてね。翠ちゃんを楽しませてあげなさいって」
「お義母様には感謝しかないわね。
この帆立とか、海老も大きくて食べ応えがあるわ」
「喜んでもらえて何よりだよ。ジュースもあるから、どんどん食べてくれると嬉しいな」
2人で談笑をしつつ、次々に食材を網にかけていく。普段はどうにか学生の身でもできるように簡単な料理しか作らないので、ここまで豪勢なのははじめてかもしれない。
僕も健全な男子高校生としてお腹いっぱいになるまで食べられた。
食事が終わった後は、散歩をして秋の風情を楽しむことにした。平日なので僕たちしかキャンプ客もいないし、少しぐらいはテントから離れても大丈夫だろう。
「紅葉が綺麗だねぇ……。山の空気も澄んでいて、
深呼吸をすると清々しい気分になる」
「そうね……。でも1番は、幸平くんと一緒にこうして歩けることよ。どれほど待ち焦がれたことか……」
翠ちゃんは僕の手を握って目を閉じて、内からの感情に想いを馳せているようだ。
彼女は僕のことを数年間も欠かさずに想い続けてきたと言っていたが、考えてみるとこうして一緒に秋を過ごすのは初めての経験なのだ。思うところは多くあるのだろう。
そして、まだ少し青い葉を拾って彼女が言葉を綴った。
「あたしはいつまでも緑色のままで、色づくこともなく落ちていくと内心諦めてたの。
でもこうして今は幸平くんと再会して……。
そして一緒に手を繋いで歩いている。
もう死んでもいいくらいに幸せだわ」
「これからは毎年、ずっと一緒に過ごしていくからねぇ。離れ離れになっていた時間のほうがすぐに短くなってしまうぐらい。僕も……初恋の人とこうして歩いていけるのは嬉しいよ」
2人でにっこりと笑いあいながら、落ちていく紅葉の風を感じる。そしてどちらともなくキスをして、長い間の孤独を埋めるように想いを伝えあった。
一度テントに戻って、今度はズル休みらしくゆったりとした時間を過ごす。僕は本を読みながら過ごそうと思っていたが、翠ちゃんはどうやら僕に構ってほしくて身体を寄り添わせてきた。
「幸平くん。いつもの……」
「ん……わかったよ。翠ちゃんは甘えん坊さんだなぁ」
僕と2人でいる時の翠ちゃんは、僕に甘えてくることが多い。頭を撫でてあげたりハグしてあげるととても喜んでくれるのだ。いつもはクールで凛々しい彼女がとても可愛らしくなるので好きな瞬間だ。
手を大きく広げて受け入れる体勢になると、少し躊躇しながらも正面から僕の膝の上に座って、抱きしめてもらいにくる。翠ちゃんの軽い体重が少しかかって、柔らかな感触と良い匂いがとても心地が良い。
ぎゅっとしてサラサラした髪を撫でてあげると、ふにゃふにゃした声が漏れる。
「あ……にゃ……にぃ……」
「よしよし、翠ちゃんは本当にかわいいねぇ」
「こうへいくん……すき……すきよ……」
ぎゅっ、ぎゅっと僕にしがみつく彼女はやはりとても可愛らしい。嫉妬深いところもあるが、こうして愛されている実感があるとそれも全て許してしまう。
「ねえこうへいくん。次はあたしがあなたを甘やかしたいわ」
「ん?……それは面白そうだね。お願いしてもいいかい?」
今度は翠ちゃんが甘やかしてくれるそうだ。
どうやら膝枕をしてくれるようなのでぽんぽんと膝を叩く彼女に頭を預けた。
「幸平くんの頭の重さ。とても心地よいわ。
それにこのサラサラした女の子みたいな髪も好きよ」
頭を撫でられると、どこかふわふわした気持ちになっていく。そういえば昔はよく頭が良いと母さんや父さんに褒められて、頭を撫でてもらっていた。
昔の記憶に想いを馳せていると、そこには翠ちゃんと一緒に遊んだ朧げな夏の日が蘇ってくる。
ウトウトとして眼を閉じると、彼女の声がした。
「おやすみなさい、幸平くん」
柔らかな声に導かれて、ゆっくりと意識を沈めていった。
こうして、僕たちのズル休みは幸せに過ぎていったのだった。