第百十四話 留木京治の彼女
「四葉さんへお見舞い? ……なんで柳城さんと……ええと?」
「1-9の園尾よ。少し彼女に伝えたいことがあるの」
「ああ、園尾さん。……伝言なら俺が聞くけど」
いまいちパッとしない背の高い男子生徒、留木京治に彼女への面会を頼んだところ、どうにも渋っているようだ。
「……そんなに具合が悪いのかしら?」
「あー……いや、ちょっと怪我の後遺症がね。
今は人と話せない状態なんだ」
驚いた。そんな状態の彼女を案じて毎日会いに行っているなんて。意外とこの留木という男はそれなりに甲斐性があるのかもしれない。
「それでもいいわ。直接伝えたいことがあるのよ」
「……わかった、四葉さんに連絡しておくよ。
俺も一緒に行くから、放課後は空けといてくれ」
よかったぁ……とあたしの後ろで愛美が控えめに呟く。この子やっぱり人見知りが過ぎるわね。可愛いけど。
「では放課後に。校門前で待ってるわ」
「あ……ありがとね留木くん」
とりあえずは約束を取り付けることができたので、後はどうにかして留木くんが休むように四葉さんとやらを焚きつけるだけだ。
果たして出来るだろうか……?
留木くんに連れられて、学校からほど近い大きな邸宅へと向かう。なんでも四葉さんというのはこの地域の名士である凛堂家の一人娘らしい。立派な邸宅を見ると、それが嘘ではないと思われた。
留木くんがインターホンを押し、声をかけて家に入った。
「徳子さん、お邪魔します。留木です。
今日は四葉さんにお見舞いに来た方がいますよ」
すると奥からバタバタと音がして、一人の女性が出てきた。
「……あら、留木くん女の子連れとは……。隅に置けないじゃない?」
「……彼女達は四葉さんの後輩みたいです。
どうしても会いたいそうで、連れてきました」
「そう、じゃあ手短にね。四葉は今もリハビリ中なの、あまり身体に障ることはしてほしくないわ」
冷たく言い放たれる。なんというか、ここまで甲斐甲斐しく娘へのお見舞いに来ている留木くんに対して、とても棘があるように感じられた。
「……お邪魔します。四葉さんはこちらにいるから」
「お邪魔します」
「お……お邪魔し、ます」
案の定、愛美は萎縮してしまって人見知りが加速しているようだ。かわいそうに。
大きな家を留木くんに連れられて歩いて行くと、一階のある部屋の前で止まった。そうしたら、留木くんが入室の許可を求める。すると返事の代わりに、何故だかベル?の音が響いた。
扉を開けると……そこには大きなベッドに座っている、とても綺麗な人がいた。
(この人が凛堂四葉さん……見たところ、あまり大きな怪我はしていないようだけど?)
「綺麗……」
愛美が思わずといった様子で声を漏らす。
すると四葉さんはにっこりと笑って、ちょいちょいと愛美に向けて手招きをした。
「え? ええと……どうか、したんですか?」
おそるおそる愛美は近づくと、突然四葉さんが愛美を捕まえて、ぎゅっとハグしてしまった。
「はわぁ……や、……ふわぁ……」
……愛美が初対面の相手にあんなにリラックスしてるの初めて見たかもしれない。
それに何故だか四葉さんも愛美をあやすように撫でて愛でているし。
「あー……四葉さんかわいいものが好きだから。
たぶん柳城さんのこと一目で気に入ったんだと思う」
「え? そ、それだけ……? 四葉さんって、お茶目な方なのね」
「うん。茶目っ気のある人なんだよ。
だからあまり緊張しないでくれ」
しかし、それにしては妙だ。
先ほどから四葉さんは一言も話していないのだ。
茶目っ気のある性格にしては、その無口さは異様に思える。これは……もしかして?
「ああ……気づいたか。……うん、四葉さんは……。
声を出せないんだ。事故の後遺症でね」
思ったよりも深刻な病状に、あたしは息を飲んだ。