第百十三話 宿泊研修
10月になり、うちの高校では宿泊研修が行われるようだ。なんでも、学校とは違う環境での集団での行動を行うことが今後の生活において必要になるため、その訓練だとかなんとか……。
はっきり言って憂鬱な行事だ。
何しろ俺、浅海祐介には友達は愛美しかいないし、その愛美も女子と行動するだろうからただひたすらに孤立したままになるのは確実だからだ。
「宿泊研修めんどくさいねぇ。浅海くん」
「そうだな……。俺たちみたいな日陰者には辛い行事だ」
全くだよ。と木石も同じ意見のようだ。
彼にしてみれば、園尾さんは別のクラスなのでそもそも会うこともないだろうし、俺ぐらいしか仲の良い人もいないので退屈極まりないといった感じなのだろう。
「お前ら……班分けはきちんとできてるか?
男女5人ずつで分かれるようにしろよ」
担任の矢車先生は真面目なので、数が足りない班などに俺たちを割り振ってくれる。
というより俺と愛美、木石はセット扱いでたらい回しされていた。
愛美は一応、愛玩動物的な扱いで女子には好意的に見られているのだが、本人が女子と関わるのが苦手なのでどうしようもないだろう。
「あー……浅海に木石、よろしくな」
同じ班になった留木がこちらに挨拶してくる。
部を辞めてから野球部とは疎遠になったため、こちらの数合わせに入ったのだろう。
他のメンバーは不登校が一人いるのでそいつを頭数に加えてクラスの人数の問題で男子4人班にした。
「留木くんか、悪いねぇ数合わせで」
「そういうなよ。俺も正直こんな行事よりも優先したいことはあるんだけどな」
留木は……なんでも、毎日事故に遭った彼女のお見舞いに行っているらしい。
そのため周囲とは遊んだりすることも出来ないでいるので、それもあってか最近では孤立気味だ。
「浅海、お前の彼女もうちの班に入るんだろ?」
「ああ……そうなるだろうな」
「だとすると後は女子4人か?
……おーいそこの女子、悪いけど俺たちと組んでくれ」
留木はなんとも頼りになるのだが、今回はちょっと運が悪かったようだ。呼ばれた女子がこちらの面子を見て露骨に顔を顰める。
「浅海くんと留木くんと……木石くんの班?」
「……ええぇ……ちょっと……」
……連れてきた女子の面子の中に、以前木石に告白してフラれた女の子が混じっていたのだ。
これはなんとも気まずいというしかない。
「……まあ、仕方ないじゃないか?
ここは呉越同舟ということで大目に見てくれよ」
木石が取りなして一応は班が形成された。
しかし……肝心の愛美はどうするのかな。
と思ったら、意外となんてことのないように俺の隣にいつのまにか立っていた。
「祐介、宿泊研修の時間は何して遊ぶ?」
「……言ってる意味がわからないんだが?」
「えっ? ……あっ、ああー……後で話すよ」
……なんか嫌な予感がする。愛美が仲の良くない女子と一泊二日の研修なのにこんなに余裕綽々なのはどう考えてもおかしい。
そんな俺の予想は、まあ当たっていたのだ。
_________
『もー! 祐介のバカぁ!』
電話口で愛美がぷんすかと怒っているので、こちらも同じように同情して言葉を交わす。
「幸平くんにも断られてしまったわ。
……そんなに男同士で一泊したいのかしら……?」
『ほんとだよーたかがズル休みぐらい、いいじゃんねー』
愛美がぶーたれてるのはなかなかに可愛いらしい。
きっとあの小さな手足をジタバタしてるのだろう。
あの水族館でのダブルデート以来、同じように愛する人がいる女同士としてちょくちょくアドバイスなどを交わすうちに、すっかりと仲良くなったのだ。
愛美は浅海くんのことが本当に大好きなようで、幸平くんのことはむしろ苦手に思っているのも安心できるポイントだった。
「……どうにかして二人を心変わりさせる方法は無いものかしら……?」
『他人に迷惑がかかるからダメだーってさ。
頭が硬いよねえゆーすけくん』
ぺちぺちというか、何か戯れている音が聞こえるので、たぶん愛美は今日も浅海くんの家で過ごしているのだろう。
気安く相手の側に居れる関係性にはとても嫉妬してしまう。とりあえずあたしも木石くんが何か骨のようなものを弄ってるのを窓から双眼鏡で覗いた。
『どうにかして休んでくれないかなぁ……。
おい祐介、休んでくれたらなんでもしてやるぞ〜』
「相変わらず大胆ね。愛美が羨ましいわ」
大人しく宿泊研修に行け。という浅海くんの小声が聞こえて、さらに愛美が拗ねているのが聞こえた。
しかしどうしたものだろうか……。他人に迷惑がかからずに、幸平くん達を休ませる案……。
「……ねえ愛美。結局のところ、あなたのクラスの留木……だったかしら?という子が孤立しなければいいのでしょう?」
『ん? まあそーかな。なんだか祐介達が休むと留木くん一人になっちゃうらしいよ』
「でも、留木くんは実は彼女さんが心配であまり研修に乗り気じゃないと」
『そうだね。留木くんも一途だよね〜』
「よし、留木くんの彼女さんに説得してもらって、
留木くんにも休んでもらいましょう」
『……さすがだね翠さん。そうしようか!』
待て愛美、何をする気なんだ?と慌てたような声が聞こえる。しかしもう遅い、あたし達の計画は決まった。
というわけで、あたし達は留木くんの彼女さんに会ってみることにした。