第百十二話 二人の初めて
「じゃあここで、また誘ってくれ」
「じゃ、じゃあね翠さん」
相変わらず腕を組んで二人で歩いていく浅海くんと柳城さんを見送る。あんまり気にはしていなかったけど、どう見てもバカップルだなあの二人。
「翠ちゃん、僕たちも帰ろうか?」
「……ええ、帰りましょう幸平くん」
翠ちゃんと電車に乗って帰路に着く。
何故だか翠ちゃんはどこか上の空というか、心ここに在らずといった感じだ。
水族館の途中で柳城さんと何か話していたから、それが影響しているんだろうか?
「どうかしたの?翠ちゃん」
「幸平くん……その、今日なんだけど」
「あたしの家に……泊まっていかない?」
顔を赤らめてモジモジとこちらに提案する翠ちゃんはいつもの凛とした様子とは違ってとても可愛らしくて、僕は思わず了承するしかなかった。
翠ちゃんの家は僕の家の隣にあるので、親の許可を取るのも簡単だった。それに父や母からはしっかりやりなさいと後押しまでされてしまった。
特に母は翠ちゃんが僕の家に初めてきた時……。
つまりは小学生一年生の頃のことを最近思い出したらしく、猛烈にこちらの仲を応援しているのだ。
何かあった時用に、と手渡されたコンビニ袋には、なんとも生々しい道具が入っていてちょっと困惑してしまった。
「お邪魔します、翠ちゃん」
「……ただいまでもいいのよ。幸平くん」
翠ちゃんに出迎えられて、そのまま家にあげられる。トラウマで翠ちゃんには火を使わせたくないので、僕が料理しようとするとそれを制止された。
「その、出前をとったの。今日は幸平くんにゆっくりしてほしくて」
「ああ……わかったよ。ちなみにどんなものを?」
「鰻重よ。奮発したの」
翠ちゃんの言葉通り、出前屋さんが来て鰻重が届けられる。なかなかに大きめの鰻で少し恐縮してしまうものの、ひさしぶりなので美味しくいただいた。
「美味しいねぇ、蒲焼に甘辛いタレが良く合わさっていて、それに鰻がふわふわでとても食べ応えがある」
「そうね、それに……滋養もあっていいわね」
もふもふと鰻を食べる翠ちゃんはどうやら少し落ち着かない様子である。僕の料理が1番美味しいといつも言っている彼女がわざわざ出前をとるあたり、何かしらの目的があるはずなのだが?
「幸平くん……あたし、お風呂沸かしてくるわ」
「うん。僕は居間でテレビでも観てるよ。
ゆっくりでいいからね」
たたたっと急いでお風呂にお湯を入れに行く翠ちゃんを見ながら、なんとなく察しがついてしまった。
おそらく、今回のダブルデートでは柳城さんに彼氏彼女の間のスキンシップについて聞きたかったのだろう。なぜなら、僕と翠ちゃんはそれこそスキンシップ自体はそれなりにしているものの、最後の一線だけは僕から断っているのだ。
今日は柳城さんにアドバイスをもらったので、それを実践したくて僕を家に泊めようとしているに違いない。
(婚前交渉はあまり推奨されないんだけどねぇ。
……僕としても、我慢してるのになぁ)。
そんなことを思いながら、翠ちゃんに声をかけられてお風呂の準備をする。翠ちゃん家のお風呂は大きめで、少し古いところがあるもののしっかりと掃除されていて寛げるものだった。
「幸平くん……背中、流すわ」
「え?ちょ、ちょっと待ってね」
いそいそと湯船から出て背中を向けて簀に座る。
するとガラッと音がして、翠ちゃんが入ってきたようだ。
「その……こっちを向いてくれると嬉しいわ」
「あー……うん、わかったよ」
なんとなくわかっていながらも翠ちゃんの方を向くと、やっぱり手拭いだけで何も着ていない様子だ。
ほんのりと赤くなった肌に、照れているのか紅潮した頬をしている。
スレンダーで綺麗な身体をしてると共に、幼い頃にはない女性らしい丸みを帯びた身体付きがとても艶かしい。
「翠ちゃん、今日は……その、」
「ええ……あたし、あなたと……」
向かいあって、言葉を紡ごうとするので、手で制止して僕が割り込む。
「待った、翠ちゃん……僕に言わせてくれ」
「幸平くん……?」
流石にこれだけは男として、僕が言わないといけないことだろう。彼女に任せっきりではやはり、男が廃るというものだ。そういう覚悟を決めて、彼女に宣言した。
「その、言うのが遅くなったんだけど、
……君を愛してる、だから、一緒に寝たい」
「幸平くん……」
その瞬間、翠ちゃんが涙を流して僕に抱きついてくる。何度も断ったのもあって、不安だったのだろう。それで彼女の心を追い詰めてしまっていたのは僕としても不本意だ。
「ぐす……でも幸平くん。どうして今まで断ってきたの?」
「あー……その怒らないかい?」
翠ちゃんと向きあって、その理由について話すことにする。理由としては単純なものなのだけれど。
「その、僕も男だからさ。翠ちゃんみたいな可愛い彼女がいると、一度したら歯止めがかからなそうだと思ってさ」
「……そんな理由なの?」
「いや……学業に支障をきたすのもダメだろう?」
それを聞いたのか、翠ちゃんは何とも言えない複雑な顔をしたと思ったら、顔を赤くしはじめた。
「幸平くん……あたしを舐めてるでしょう?」
「え? そ、そんなに怒ることかな?」
「怒るわ。あたしあなたに全てを捧げたのよ。
もちろん貞操だって捧げるつもり。だから例えあなたがあたしを何度求めても大丈夫なの。
むしろそうじゃないと困るぐらいだわ」
「あ……はい」
「いいかしら? 今日はあたしとあなたが会えなかった時間の分だけあなたを愛してあげる。
あたしが何度あなたを想って身体を熱くしたのか身をもって知ってもらうから覚悟しなさい」
「その……お手柔らかにお願いします」
「だいたいね、出会ったその日にディープキスして、その後二人で身体を観察しあった仲なのよ?
むしろ今まで身体を重ねるのが遅かったぐらい。
大きくなってからはあの夏に一線を超えたかったと何度も後悔しきりだったもの」
「え? さすがに小学一年生ではそんなことはしないかと……」
「あたしはしたかったの。というかいつでもあなたと一つになりたいのよ。幸平くんもそうなってもらうわ」
「は、はい、お願いします」
怒涛の勢いで言葉を叩きつけられる。
僕の甲斐性が無いのが伝わってきて、こちらの立つ瀬がなさそうだ。
「……良いことを思いついたわ。幼い頃のあの日みたいに、お互いを隅々まで観察しあいましょう?
昔と比べてどんなふうに成長したのか、興味あるわ」
「そ、そうですね……隅々までやりましょう」
その後は急いで身体を拭いて、着替えることもなく手を引かれて翠ちゃんの部屋に連れ込まれた。
宣言通り、昔のようにお互いの身体を隅々まで観察して、触って嗅いで舐めた後、子供の頃はしなかったことも何度も行った。
さすがに節度は守ったものの、やっぱり翠ちゃんを怒らせるようなことはしない方がいいなぁと、裸の彼女に抱きしめられながら思ったのであった。