第十話 暗い夜の記憶
そうした日々の中で夏休みも半ばを過ぎた。
そしてあの出会いから毎日四葉さんに会って、その度にまるで恋人のような交流を強いられているのだけれど。
正直、今でも戸惑いと不安の感情が大きい。
あんな出会い方ではあたり前ではあるが自分は四葉さんの真意について理解できずにいる。
彼女が自分を気に入った理由は何なのだろうか? 慰謝料を免除して、自分を傷つけてでも自分をズタズタに傷つけた加害者を側に置いておくことの合理的な理由などあるのだろうか?
考えられるのは……結果としてではあるが、俺が救急車を呼んだという事実だけだろうか?
しかしそれだってそもそも俺が事故を起こさなければ命の危機に繋がらなかった筈だ。
では、彼女が言うように一目惚れなのだろうか?
自分を自転車で轢いた相手に?
全くもってあり得ない話だが……彼女の俺に対しての態度はまさしくそういったような距離感だ。
けれど、そういった恋人のようなことをするたびに俺は自責の念で頭がおかしくなりそうになる。
いっそのこと俺を同じように傷つけてくれたらいいのにと何度も思うのだ。
そんなことをぐるぐると考えているといつのまにか朝が来てしまう。あの日以来、悪夢と罪悪感で満足に寝れた夜は無かった。
その日は悪夢にうなされて起きられなくて寝坊して、昼頃に四葉さんの病室に着いた。
ノックして入ると四葉さんは今はお昼寝をしているようで静かにすやすやと眠っている。
その寝顔は……本当の初めての出会いの時を思い出してしまい、少し心を抉られる。
あの血溜まりに沈んだ横顔を。
自分の容姿は特段優れていない。何が彼女の心に刺さったのかはわからない。本当に単に一目惚れなのかもしれないが……実際、そんなことがあり得るのだろうか?
四葉さんの友人や親御さんの話によると彼女はとても交友関係が広く、みんなの憧れの存在だったらしい。俗にいうところの高嶺の花というやつだ。
当然、何度か告白されることもあったようで。
けれども彼女は一度としてそれを受け入れなかった。
そんな彼女がどうして? あの日までなんの接点も無い自分をここまで気に入ったのか?
美人で可愛らしい女性から好意を寄せられている。
らしい。普通は喜ぶべきなのだけどこの状況では懐疑的にならざるを得ない。
何か……何か。わからないけれども。
どこか仄暗い何かを感じてしまう。
だが何だろうか?
自分に一生消えない傷を残した相手を好きになるほどの何かが、俺にあるのか?
……。
………………。
わからない……。何もかもが……。
……。
思考の海に沈んでいつのまにか眠りに落ちて、ふと気づいた時にはやはり微笑みと共に、彼女はこちらを愛おしげに眺めていた。