第百七話 園尾翠の提案
二学期が始まってしばらく経った時、いつものように愛美とお昼を食べていると、木石と……たぶん、木石の彼女と思しき人が一緒になって話しかけてきた。
「お二人に水を差すようで悪いね。ちょっとお話いいかな?」
「どうした木石? あと愛美。逃げようとするな」
あせあせと弁当を畳んで逃げようとしている愛美を掴んで制止して木石と彼女さんの話を聞く。
とりあえずは机を動かして、愛美の横に座って落ち着かせることにした。
「悪いねぇ二人の時間を邪魔して」
「別にそれはいいが、何の用だ?」
すると愛美が机の下でげしげしと足を当ててくる。
どうやら二人の時間を邪魔されたのが嫌だったらしい。少しむくれてぷくーっと頬を膨らましている。
ちなみに木石の彼女さんは顔に火傷……?の跡がある以外は相当な美人さんだ。
髪型は少し下ろしたツインテールで、どこか顔立ちが日本人らしくなく、目鼻立ちがスッキリしている。それに瞳の色が綺麗な緑色で、これが地の色だとするとなかなかに珍しそうだ。
「はじめましてよね。あたしは園尾翠」
「どうも、浅海祐介です。こっちは柳城愛美」
「ど……どうも……」
相変わらず人見知りが治らないどころか悪化している愛美に変わって挨拶しておく。
愛美は俺の腕にくっつきながらも控えめに園尾さんのことを睨んでいるみたいだ。
たぶん俺のことを取られないように牽制しているのだろう。
「……柳城さん、大丈夫よ。あたし幸平くん以外の人間には全く興味無いから」
「そ……そう、なんですか?」
「ええ、安心して」
じっと愛美が園尾さんのことを見つめる。
するとどうやらその言葉が嘘ではないとわかったようで、少し態度が軟化したようだ。
相変わらず初対面の人が怖いのか俺の腕に抱きついたままだけども。
「浅海くん、柳城さんこれは頼みなんだけどね。
聞いてくれるかい?」
「お前が俺たちに頼みこととは珍しいな」
「ああ……その、いわゆるダブルデートってやつをしてほしいんだよ」
ダブルデート、仲の良い男女のペアで一緒に遊びに出かけることらしいが、あまり実例を聞かない行為だ。それにカップルなら二人で過ごしたほうが良いのではと思わなくもない。
「僕の彼女の翠ちゃんがね、他のカップルはどうしてるかを知りたいらしいんだ」
「わがままを言ってごめんなさい。浅海くんたちには迷惑をかけるわね」
「ああいえ、それはいいんですけど。
……愛美、ダブルデートだってさ」
問題はうちの愛美だ。人見知りするしどうも独占力が強い彼女があまりよく思っていない二人とのダブルデートを了承するかわからない。
「わ、わたしは……その……」
「柳城さん、お願いできるかしら?」
ジロリと園尾さんの目が愛美を射抜く。
美人の真顔というか、園尾さんの圧の強さに愛美がひぇっと小さな声をあげた。
「わ、わかりました、やります……」
「ありがとう柳城さん。今週末とかどうかしら?」
確かに今週末は特に用事もなく、一日中家でゴロゴロする予定だった。まあもれなく愛美が家にくる筈だったのだが。
「決まりだねぇ。どうだろう、せっかくだし遠出でもしないか?」
「面倒だな……どこがいいんだ?」
「新しく水族館がリニューアルしたそうでね。
よければ一緒に行かないか?」
水族館。あまり外で身体を動かすのが好きではない俺たちにも良さそうな場所だ。紹介された水族館の内容を携帯で見てみると、なかなかに面白そうで個人的にも行ってみたい気分になる。
「その反応だと良さそうだね。それじゃあ今週末、駅前で待ち合わせをしようか」
「その前に適当に昼飯でも食べるか。愛美、大丈夫そうか?」
「が、頑張るよ」
こうしてダブルデートの予定が決まったのだった。
水族館自体は楽しみなので、悪い話では無いだろう。……家にいるとどうしても愛美と爛れた生活を送ってしまいがちだし。
「柳城さんたちが優しくてよかったわ」
ただ園尾さんとはあまり仲良くなれそうにないと思った。どうにもどこか危ない臭いというか……雰囲気がしたのだ。