第百六話 瞳の中に写るのは?
始業式も無事に終了したので、学力テストが始まってしまった。まあこれに関しては愛美と勉強しているので問題はない。
彼女は色々な事情で実は留年していることもあり、高校一年生の範囲なら既に履修済みなのだ。それにこのテストに備えるという名目で夏休み終盤はほぼ毎日俺の家に来ていたので、対策は過剰なぐらいだった。
(たぶん愛美は俺と一緒に進学コースか、特進コースに行きたいんだろうな。俺と一緒のクラスになりたいにしても頑張るもんだ)。
成績が上がれば2年生時からはコースが変わる可能性がある。それに進学特進共に2クラスで、普通コースの5クラスよりも同じクラスになれる確率が上がると話していた。
「祐介〜テストどうだった? きちんと勉強したところは解けた?」
「ああ、お前のおかげだな」
「おお〜よしよし。もっと感謝したまえ〜」
テストが終わって真っ先にこちらに近づいてきた愛美が、ニコニコと笑いながらこちらの頭を撫でてくる。その様子に周囲の人が驚いたような顔をした。
愛美は髪を短くして、それに俺と友達になったことにより以前よりもグッと距離が近くなった。
そのうえ俺に対してだけはめちゃくちゃに軽いノリを見せるようになったため、そんな一面を知らないクラスの人にはかなりの衝撃を与えているようだ。
「さあて祐介、今日はスーパーに寄っていこうよ。
そろそろ冷蔵庫のおかずが無くなっちゃうころだよ」
「そうだな。あとできれば学校ではそういう話題は避けたほうがいいと思うぞ」
「なんで? 祐介と二人で暮らしてること隠す必要ないじゃん。それより食べたいもの考えといてね。
今日はあたしが作る番だし」
「…お前が気にしないならいいけどさ」
再び周囲の人がざわつく。
それはそうだろう。付き合ってると思ったら既に同棲しているなんて格好の話のネタだ。
愛美は割と独占力が強いので、立ち上がった俺の腕に抱きついて歩き始める。
むふーっとしながら身体を押しつけてくるあたり、どうやら周囲に自分との仲を見せつけて牽制しているようだ。
「愛美…できれば学校ではあんまりベタベタしないほうがいいんだが。周囲の視線が痛い」
「今更だよ。祐介とられちゃうの嫌だし、そんなに嫌なら振り解いてもいいんだよ〜」
ぎゅっとさらに腕の力を強めて頭をぐいぐいと押し付けてくる。何を言っても無駄だと感じたのでされるがままにしておいた。
すると、何やら顔に傷のある生徒がこちらに向かって歩いてきた。
(…あれは確か、木石に突っかかってた女子だったか?)
風の噂によると、木石は特進コースの女子に惚れられたようで、熱烈なアピールの末に交際に至ったらしい。あの歩くゴシップペーパーにそんな魅力があるのか?と少し小馬鹿にした感想を抱きつつも、知らない仲ではないので祝福したい話だ。
「うわ…すっごい美人さんだね〜。でも…」
「…どうかしたのか?」
「いや…なんだか祐介と同じような目をしてたね。
まるでこちらを見ているようで見てない目。
たぶん木石くんのこと以外眼中に無さそう」
見ると、駆け寄った木石と彼女は仲睦まじく話をしているようだ。あの木石がとても親身になっているし、その態度に蕩けるような表情を浮かべていて、ああ自分達もあんな風に見られているのかと思う。
あんまりじろじろ見るのも失礼だと思ったので、帰ることにした。
「愛美は木石のこと苦手だけど、それはどうしてだ?」
「えー…いやだって…」
愛美が言葉に詰まる。どうやら答えにくいことらしい。それでも愛美並みの評価を口にし出した。
「木石くんって、ぼくを見る目がなんか怖いんだよね。なんか他の男子とは違って、純粋に興味しかない…というか、人として見られてない感じ」
「…木石は誰にでもそういう目をするからな。
まあ悪いやつじゃないんだが」
しかし納得した気がする。木石はなんというか、好奇心旺盛なのはいいのだが、その時の態度があまり配慮を尽くしていない気もするのだ。
でもまあ、そんなやつにも彼女が出来たことだし、そのうち大人しくなるのかもしれない。
「ねえ祐介。そんなことよりも、さ」
「ん?どうかしたか」
すると愛美がどこか悪戯っぽく笑みを深める。
「テスト終わったし…せっかくだからご褒美とかどうかな?」
「…あー…したいのか?」
「うん…祐介が他の人と話してるの見たらなんか妬いちゃった」
少し頬を赤らめてモジモジとしながら上目遣いで言ってくる。その様子は可愛らしいながらも、目はどこか獰猛な獣のように怪しく光っていた。
…愛美は独占力が強いというか相当俺との関係が大事なようで、事あるごとに嫉妬してくる。
それも自分が1番の親友でないと嫌なのか、少しでも俺が他の人に興味を示すと、その目を無理矢理自分に戻すように熱烈にスキンシップをされるのだ。
…後は単純に性欲が強い。男子中学生ぐらい強い。
「いっぱい精のつくもの作るからね〜。
今日は祐介と一緒にオールだよ〜」
「…ほどほどに頼む。明日もあるからな」
今日は眠れなさそうだな…と思いながらも、一応は健全な男子高校生として期待はしておいた。