第百五話 好奇心
「しばらくぶりだねぇ浅海くん。元気してたかい?」
新学期の朝。夏も終わりになろうというのに、あまり日に焼けていない木石がこちらに話しかけてくる。相変わらずな様子だ。
「ん。まあ……色々あったが元気だ」
「お? なんだいなんだい? 気になるじゃないか?」
……こうなることは読めていたし、どうせ遅かれ早かれ突っ込まれることなので隠すつもりはないが、こうもあからさまに興味深々に聞いてこられると少し複雑な気分ではある。
「おはよー祐介、鞄が重いよぅ……ひぇ!」
と言ってる間に、遅れてやってきた愛美が木石の姿を見てこそこそと自分の席に戻っていく。
あいつまだ木石のことが苦手なのか……。
「……ふーん? ちなみにどこまで行ったのかな?」
「お前に話したくないな」
「……話せないところまでいったのかぁ」
なるほどねぇ〜と一人で納得してうんうんとうなづいている。まあ……否定はできないのが悲しいところではあるが、愛美と俺の関係は友人ということになっている。親を含めた周囲の人間には婚約者として扱ってもらっているが。
すると、テンションを上げて囃し立てると思っていた木石が何やら神妙な顔になる。
どうした? 何か悪いものでも食べたのか?
「……実を言うと僕も色々あってねぇ」
「お前が? よく付き合ってもらえる人を見つけられたな」
「言い方に棘があるねぇ。……自分でも不思議なくらいの縁に恵まれてね。今ではもう彼女一筋だよ」
この言葉には驚いた。てっきり木石はそういったことには頓着が無いというか、全く関心を示さない人間だと見なしていた。
木石本人はかなり整った顔をしているし、含蓄も豊富だが、性格とか本人の趣味嗜好の問題で彼女は難しいと思っていた。そんな彼にも出逢いはあったようだ。
……これ俺の言える台詞では無いな。
「ところで、なんだけどもね。
君は留木くんの噂を知っているかい?」
「留木? あの背の高い野球部がどうかしたのか?」
留木……確か京治だったか。
同じクラスの生徒で、スポーツ推薦だったはずだ。
人の良い好漢だと評判が高く、頼むとなんだかんだで色々とやってくれる優しいやつ……だったかな。
「そうそう、その留木くんだけどね。
なんと夏休みに野球部を辞めたらしい」
「それはまた……急な話だな」
「だろう? 気になるだろう?
というわけで聞き込みをした結果、なんでも事故を起こして肩が壊れてしまったそうなんだ」
「気の毒に」
留木とは仲が良くないし、ほとんど会話をしたことがないがかなり可哀想な話ではある。
放課後にグラウンドで思いっきり腕を振って豪速球を投げる彼の姿を見ていただけに、なんとも残念な話だ。
「……けどね。実は違うんじゃないか、という噂もある」
「そうなのか」
「ああ……なんでも、彼はとある女子生徒を庇った結果として怪我をしてしまって、今は怪我をした女子生徒の看病をしているから部活を辞めた……という噂がね」
「ふむ」
それはなんとも男らしいというか、留木らしい対応だと思う。あいつは良いやつだから事故が起こったら誰かを庇うだろうし、その被害者にも寄り添うだろう。
「真相はいかに! ということで、後で聞いてみようよ浅海くん」
「いや、めんどくさいからいいや」
「……即答だねぇ。まあ君がこういうことに興味がないのは知っていたけども」
答えがわかっていたかのように眉根一つ変えずに言葉を返してくる。わかってるなら誘うなよ。
でも一応、木石が何か失礼なことを言わないように見張っておくだけはしておこうと思う。
ただ、始業式に留木は来なかった。
俺には関係ないこととはいえ、何かあったのだろうか?