第四部エピローグ
夏休み中は、翠ちゃんの火傷の治療に専念していたため、ほとんど遊ぶことは出来ずに終わった。
彼女の火傷はⅡ度の深層火傷。
こうして治療が終了した後も痛ましい傷跡が残ってしまっている。
けれど……彼女はそんなことは露知らず、とても楽しい日々を送っているようだ。
昼休みになり彼女の元へと足を運ぶ。
そうでもしないと不安になってしまうのだ。
目を離した隙に、また何か恐ろしいことをしないとも限らない。
「翠ちゃん、待たせたかな?」
「幸平くん、今日も来てくれたのね」
彼女は火傷の跡を隠そうとはせずに、そのままの状態で何食わぬ顔で生活している。
失明は免れたものの、赤い大きな火傷の跡が残ったその顔は、一般的には醜いことになるのだろう。
僕にはあまり顔の美醜はわからないのだが。
周囲には驚かれたそうだが、元から僕以外の評価など全くと言っていいほど考慮しないので、何一つ問題は無いようだ。
彼女と共に食堂へと急ごうと促すと、彼女はそれを制止して何やら鞄の中から袋包みを取り出した。
「翠ちゃん? それは……?」
「お弁当よ。幸平くんのために手作りしたの」
それを聞いて、僕はサッと気分を悪くしてしまう。
彼女が僕の知らないところで台所に立ってコンロに火を点ける光景を想像してしまい、とてもではないが落ち着けない。
「……幸平くん。そんなに顔色悪くしないで。
あたしお料理は得意なのよ」
「でも……あんな事故があったから、ね。
悪いけど明日からは僕が君の弁当を作るよ」
どうやら僕にとって彼女が火を使うことはトラウマになってしまったようだ。
どうしても彼女から火を遠ざけたくて過保護になってしまう。そして彼女もそれを断らないため、どんどんと彼女のための時間が増えていく。
少しでも目を離したら、また何か怪我をしてしまいそうな危うさが彼女にはあるのだ。
大切な人に二度も傷をつけるのを容認するほど、僕の心は強くはない。
「また幸平くんに優しくしてもらえるのね。
本当にこの火傷をして良かったわ」
「……僕はもう二度とごめんだからね。
授業中だって、君のことを考えていてばかりでもうソワソワして仕方がないぐらいだ」
「あら……奇遇ね。あたしも同じよ」
弁当を広げながらそう彼女は微笑んでいた。
最近だが……どういうわけか彼女に関してだけは、繊細な表情の変化まで見分けがつくようになっている気がする。
他の人はなんとなく身振りや雰囲気、状況で表情を読み取っていたのだが、彼女だけは特別だ。
それはたぶん、単純な接触時間の多さだとか、彼女の変化を片時も逃さないように気をつけているからとか、表情以外の要素も全て把握しはじめたとか理由は色々あると思うが……。
結局は、愛の成せる業ということかもしれない。
「はい、幸平くん。あーん」
「はいよ。……うん美味しいね。
今度からは僕が作るから、食べる機会が少なくなるのが残念だ」
「ねえ、あたしにもしてくれる?」
上目遣いで頼まれる。
僕は翠ちゃんのお願いを断れた試しがない。
惚れた弱みとも言えるし、拗ねた彼女が何をするのかわからないというのもある。
「あーん」
「……ふふふ、とっても美味しいわ。
幸平くんとこうして学校でも食べさせあえるなんて、なんだか夢みたい」
「うーむ、僕としてはちょっと落ち着かないんだけどね。君が喜んでくれるならいくらでもやるよ」
「嬉しいわ。……残念、そろそろ時間ね」
そう言って、予鈴がなる前に一度席を立って、人気の少ない空き教室に入る。ここは特進コースの生徒が自習室にしているらしく、昼休みは誰も使わないそうだ。
そして……しばしの別れを惜しむために、どちらともなくキスをした。
いつか、遠い日の記憶を呼び起こすように。
お互いがお互いを刻みつけるように深く。
「はぁ……何度やっても、あなたとのキスは病みつきになるわね」
「……そういえば、僕は君をキスで落としたのか。
あの日の僕はまさかこんなことになるなんて思っても見なかったろうね」
「……あたしはずっとこうなりたかったわ。
あなたと恋人になって、ゆくゆくは結婚して幸せな家庭を築くの。あの日のおままごとのように」
「約束するよ。君の望みは僕が必ず叶える」
迷うことなくそう言い放つ。
彼女はその言葉に笑みを深くした。
僕だけのための顔を持つ、僕のお姫様。
初めて僕が顔を認識できたその女の子は、とても可愛らしい笑顔で笑いかけた。
第四部 木石幸平と園尾翠 終了です。
次からの第五部ではクロスエピソードと題して、これまでの第一〜第四部で登場したキャラクターたちがそれぞれに交流する様子や、後日譚を掲載していきます。
どんなキャラだったかな?と思われた方は是非読み返していただければと思います。きっと各キャラの成長や変化に気づくことができる……かも?
それでは、引き続きお楽しみください。